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第10章:偽りの職人と、無慈悲な街道


「おう、ちょっと待て。持っていきな」


 ハンマーを手に店を出ようとした俺を、ドノバンが呼び止めた。振り返ると、使い古された厚手の革製エプロンが目の前に放り投げられる。


「そいつを着けておきな。ハンマーだけ腰に下げてりゃただの物好きな不審者だが、それを着けてりゃ誰がどう見ても一人前の『鍛冶師』だ。旅の荷物に紛れて移動する職人ってことにしときゃ、余計な詮索もされねえだろ」


「ドノバンさん……ありがとうございます!」


 さっそく油と煤が馴染んだ革エプロンを纏う。ずっしりとした重みが心地いい。鏡代わりに水槽を覗き込むと、そこには冒険者というより、旅をしながら仕事を請け負う若き職人の姿があった。


(完璧だ。これなら『怪しいFランク』じゃなく、『腕を磨くために旅をする職人』に見える)


 三日後の出発の朝、俺は指定された街の東門へと向かった。そこには、頑丈なほろを被せた三台の大型馬車と、すでに集まっている護衛の冒険者たちの姿があった。


「お、お前がギルドの言ってた臨時のFランクか?」


 声をかけてきたのは、今回の雇い主である恰幅のいい商人、マルコだ。彼は俺の格好を見て、安心したように荷馬車を振り返る。


「なるほど、鍛冶師の若造か! 街道じゃ馬車の車輪や金具がイカれることがよくあってな。腕っぷしは期待してねえが、旅の途中で道具の修理をしてくれるなら大歓迎だ。よろしく頼むよ」


「サトオです。よろしくお願いします。簡単な修理なら任せてください」


 職人のフリをしていたら、本当に職人としての役割を期待されてしまった。まあ、先代勇者の膨大な知識の中には『鍛造・修繕』もあるから、馬車の修理くらいならお手の物だ。


「おいおい、マルコ旦那。職人のガキを混ぜるなんて聞いてねえぞ?」


 荷馬車の陰から、金属鎧をガチャつかせた男たちが歩み寄ってきた。今回の護衛の主力である、Cランク冒険者パーティ『鉄の牙』の三人組だ。リーダー格の剣士が、俺の腰のハンマーを見て鼻で笑う。


「ちっ、お荷物が増えたか。おいサトオとか言ったな。魔物が出たら馬車の後ろに隠れてろよ。足手まといに構う暇はねえからな」


「あ、はい。安全第一で、邪魔にならないようにします」


 俺は愛想笑いを浮かべ、深く頭を下げた。横柄な態度を取られるのは慣れているし、むしろ「弱いお荷物」と思われていた方が、ボロを出さずに済むので好都合だった。


「よし、全員揃ったな! 出発だ!」


 マルコの号令と共に馬車が動き出す。俺は最後尾の御者台の隣に座らせてもらい、ゆっくりと遠ざかっていく街の景色を見つめていた。


 馬車に揺られること数時間。街道の景色は、のどかな草原から次第に鬱蒼とした山道へと変わっていった。


 道中、他の冒険者が周囲を警戒する中、俺は御者台の上で、懐のジャンク魔力バッテリーに意識を集中させる。周囲にバレないよう、じわじわと微弱な魔力を流し込んでいく。三日間の仕込みの甲斐あって、すでに十分な量の魔力が蓄えられつつあった。


「おい、全員止まれ。そろそろ昼の休憩にするぞ」


 『鉄の牙』のリーダーが合図し、見晴らしの良い街道で馬車が停止した。旅の緊張感の中で食べるスープとパンは、腹に染み渡る。


「おい、若造。スープのおかわりが欲しけりゃ、今のうちに馬車の車軸を点検しとけよ」


 メンバーに顎で指され、俺は立ち上がる。だがその瞬間、パッシブスキル【気配察知・極】が、周囲の森の奥から放たれる「悪意」を捉えた。盗賊団、総勢10人。


(……ここで生かして逃がせば、また別の行商人が犠牲になる。だが、派手に動けば目立つ。ここは前衛に任せつつ、俺は影から単体ずつ、最小限のサポートで手足を潰そう)


 馬車の影でドノバンの革エプロンを脱ぎ捨て、先代勇者のスキル【姿情報偽装】を発動する。俺の姿と気配は「正体不明の影」と化した。腰のハンマーには触れない。足元の「小枝」と、ポケットの「小石」があれば十分だ。


「ひゃはははは! 昼飯時は終わりだ、お前らァ!」


 茂みが割れ、10人の盗賊が街道へ躍り出る。『鉄の牙』が素早く武器を構え、迎撃を開始した。


 前線での斬り合いの裏で、森の木々から弓を構える伏兵の姿が見える。


(……まずはあの弓兵からだ)


 ポケットの小石を指先で弾く。手加減して音速の手前で放たれた石は、弓兵の手首をピンポイントで直撃した。


「あがっ!?」という悲鳴と共に弓が落ちる。間髪入れず、もう一つの石をインサイドキックで蹴り飛ばし、別の伏兵の足首を粉砕する。


 前線では『鉄の牙』が奮闘しているが、執念深い最後の一人がリーダーの死角から刃を突き出そうとしていた。


(そこまでだ)


 背後に肉薄し、手にした小枝で相手の膝裏を本当に優しく叩く。


 ――ペキッ。


 小さな、しかし絶対的な質量が関節を捉え、盗賊は膝を砕かれて崩れ落ちた。


 リーダーが背後に気づいて振り返ったときには、そこには勝手に悶絶している盗賊がいるだけで、俺の姿はすでにない。


「な、なんだ? 俺の気のせいか? 残りを片付けるぞ!」


 『鉄の牙』は勢いづき、盗賊たちを圧倒していく。手足を潰されて動けなくなった者たちを残し、生き残りは森の奥へと逃げ去った。


 静寂が街道に戻る。小枝が灰のように崩れ去るのを見届け、【情報偽装】を解除した。俺は何食わぬ顔で馬車の影から這い出し、エプロンを着け直して皆の前に姿を現す。


 リーダーは自分たちが倒した盗賊と、なぜか転がっている伏兵たちを見渡し、誇らしげに胸を張った。


「ああ……なんとか全滅させたぜ。フン、見たかよ職人のガキ。これがCランクの実力だ。お前が馬車の後ろで震えている間に、俺たちが全員片付けてやったからな!」


「流石Cランクの皆さんですね! 命拾いしました!」


 彼らは自分たちの勝利を信じて疑っていない。俺は心の中で大きく安堵の息を漏らしながら、目立たずに最初の危機を切り抜けたことに満足するのだった。



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