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最強の力を引き継いで異世界転移したものの、先代勇者が国にハメられて暗殺された歴史を知ってしまった件。  作者: 藤咲玲


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第8章:地図と、旅立ちの決意

 記録館を出た俺は、重い足取りのまま『跳ね馬の蹄亭』へと戻った。


 食堂では、ミーシャがテーブルを拭きながら「おかえり!」と声をかけてくれたが、俺の考え込んだ顔を見て小首を傾げる。


「どうしたの、サトオ? 難しい顔しちゃって。歴史の本、つまんなかった?」


「いや、本は面白かったんだけどさ……。この国と隣国の位置関係って、普通の人でも分かるものなのかな?」


「ええ? 大まかな場所?」


 ミーシャは不思議そうに目を丸くした。


「私たちはこの街から出ないから『東の方に大きなお国がある』くらいしか知らないよ。でも、色んなところを旅する冒険者やギルドの人なら、絶対に知ってると思うな」


「確かに……。ありがとう、ちょっとギルドで聞いてみるよ」


 灯台下暗しだった。プロの旅人である冒険者たちなら、世界の枠組みくらいは知っているはずだ。俺はお説教の恐怖を押し殺し、再びギルドの扉を叩いた。


 夕方のギルド。窓口には幸いにも例の真面目な受付嬢が座っていた。俺がおずおずと近づくと、彼女はメガネの奥の目をピクリと動かす。


「あら、サトオ様。……今日は大人しく素振りをされていたのでしょうね?」


「は、はい! 今日は街の中で大人しくしてました。あの、質問があるんです。この国と周りの大国の位置関係を教えてもらえませんか? 記録館の本を見たら、地図が白紙で……」


 俺の言葉を聞いた瞬間、受付嬢は呆れたように息を漏らし、それから小さく吹き出した。


「くすっ……。サトオ様、本当に地方から出てこられたのですね。精密な軍事地図は機密ですが、大国の『大まかな方角』なんて、冒険者にとっては知っていて当然の常識ですよ」


 彼女はカウンターの下から、国境線すら曖昧な簡易版の大陸図を取り出した。


「いいですか? 私たちが今いるのは大陸の西端。ここから東へ進むと、まず隣国である『クレイズ神聖王国』があります。さらにその中央奥に『アルカディア魔法帝国』、南東の果てに『レムリア法皇国』が位置しています。これくらいは、子供でも知っている基本ですからね」


「あはは……そうだったんですね。無知ですみません」


 俺は引きつった笑いを浮かべながら、位置を頭に叩き込む。


 隣国がガイルの故郷であるクレイズ神聖王国。そして南東の最果てに、エルフの聖女エレンがいるレムリア法皇国。


(……遠いな。だけど、まずはそこを目指すしかないか)


 マサトの日記にあった裏切りの真相を確かめるには、今も生きている可能性が高いエレンに会うのが一番確実だ。


 この街での平凡な日常も悪くない。だけど、勇者の力を受け継いだ以上、いつまでも闇から目を背けて生きることはできない。何より、孤独に死んでいった先代への義理がある。


(よし……。まずは隣国へ向かい、聖女の痕跡を探す旅に出よう)


 腹は決まった。だがFランクの駆け出しが、準備なしで大国へ向かえば野垂れ死ぬ。


「あの、隣国への移動も兼ねて、長旅になるような依頼ってFランクでも受けられますか?」


「そうですね……。隣国国境近くの街まで商人の馬車を護衛する共同依頼なら、人手が必要なのでFランクでも登録できます。ただし、出発は三日後です」


「それ、受けます! 登録をお願いします!」


「分かりました。……急な旅立ちだなんて、少し寂しくなりますね。でも、今度は無茶をして怒られないよう、しっかりと準備を整えてください」


 受付嬢は名残惜しそうに微笑んだ。


「はい! ありがとうございます!」


 ギルドを後にした俺の胸に、昨日までの漠然とした寂しさはなかった。


 指輪の中の金貨50枚、鉄の棒、そして魔力バッテリー。手元のカードをフル活用し、明日からの三日間で完璧な旅の仕度を整えてやる。


 見知らぬ大国、そして勇者パーティの謎へ向けて。俺の異世界での本当の旅が、静かに動き出そうとしていた。


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