第7章:歴史の影、英雄の足跡
翌朝、ミーシャが作ってくれた野菜とウインナーたっぷりのコンソメスープで腹を満たした俺は、木製カップを置きながらカウンターの彼女に声をかけた。
「ねえ、ミーシャ。この街に、一般人でも入れる図書館みたいな場所ってないかな? この地方の歴史を少し調べてみたくて」
ミーシャはトレイを小脇に抱え、人差し指を顎に当てて少し考えた。
「図書館かぁ。それなら、中央区の広場に面したところに『大公立記録館』っていう大きな施設があるよ! 持ち出しは資格がいるみたいだけど、身分証と利用料の銅貨2枚があれば、誰でも中で本を読めるはずだよ」
「身分証と銅貨2枚か。ありがとう、助かったよ」
「いってらっしゃい! 迷子にならないようにね!」
明るく送り出され、俺は街の中心部へと向かった。
ミーシャの言葉通り、中央広場の一角には白亜の石柱が立ち並ぶ立派な建物があった。
受付でFランクのプレートを提示し、銅貨を支払う。ひんやりとした静寂の中、古い紙とインクの匂いが漂う館内で、俺は歴史書が並ぶ書架へと足を運んだ。
目的は一つ。先代勇者の足跡だ。
棚の隅、埃を被った分厚い『中央大陸英雄戦記:魔王討伐編』を引き抜き、ページをめくる。時を経て風化しつつある記述の中に、探していた「一節」を見つけた。
『――聖暦四百十二年、突如として現れし異界の英傑、勇者「マサト」。彼は神授の武技を以て、数多の激戦を潜り抜け、ついに魔王の首を落とせり。その不滅の功績は、彼が率いた伝説のパーティ【暁の旅団】と共に、永遠に語り継がれるであろう』
(マサト……。やっぱり、あんたの名前はマサトっていう日本人だったんだな)
日記の主の生前の名前。俺は胸の中でその名を反芻する。続いて視線は、魔王を討伐した【暁の旅団】の主要メンバーと、彼らの所属国家に向けられた。
『【暁の旅団】主要構成員
・重戦士:ガイル(クレイズ神聖王国・元近衛騎士)
・大魔術師:リーズ(アルカディア魔法帝国・宮廷魔導士)
・聖女:エレン(レムリア法皇国・聖女/エルフ族)』
(聖女エレン、エルフ族か……。人間の大国レムリア法皇国の聖女候補にエルフが就いているのか?)
種族の壁を越えて重用されるほどの人物。政治的背景か、それとも彼女の並外れた才覚か。どちらにせよ、一筋縄ではいかない存在だ。さらに読み進めると、輝かしい功績のすぐ後ろに、不穏な歪みが記されていた。
『――然るに、魔王討伐という未曾有の絶対功績を認められし一方、勇者マサトには、強大なる力を背景とした諸国への「反逆の疑い」が持ち上がれり。その真偽が糾明される直前、勇者は突如として行方を眩まし、歴史の表舞台から姿を消したるものなり』
(反逆の疑い、だって……?)
胸の奥が冷たく凍りつく。あまりに都合が良すぎる「反逆」のレッテル。強すぎる力を恐れた大国たちが排除のために仕組んだ冤罪なのは明白だった。公式記録では「行方不明」と美化されているが、その実態は遺棄だ。
俺は大陸の地図が載っているページを探したが、掲載されている地図は周辺の境界線が薄く描かれているだけだった。三大超大国や魔王領の位置は、酷く濁されている。
注釈にはこうあった。
『大国間の詳細な地勢、および侵攻ルートに関する地図は、軍事上の【国家機密】に指定されており、一般への開示は法により禁じられている』
(なるほど……。地図そのものが国家機密か。詳細は旅をする中で確かめるしかないな)
文字を追うごとに、背筋に冷たいものが走る。クレイズ神聖王国、アルカディア魔法帝国、レムリア法皇国。どれも泣く子も黙る三大超大国だ。
もし、魔王討伐後に三大国が結託し、国の方針に従って仲間たちが彼に泥を塗り、嵌めたのだとしたら。世界の果てで一人、朽ちていったマサトの絶望は、どれほど深かったか。
俺が継承したのは、ただの最強の力ではない。この世界の巨大な「闇」の片鱗でもあるのだ。
(絶対に目立っちゃダメだ。国に目をつけられたら、俺みたいなのは一瞬で政治の道具にされ、使い潰される。反逆者にされてポイだ)
改めて、一介の平凡なFランクとして平穏な生活を死守しようと心に誓い、俺は静かに記録館を後にした。
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