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第6章:温かいスープと、先人の足跡

 ギルドを出た俺は、すっかり落ちた肩を引きずりながら『跳ね馬の蹄亭』へと戻った。


 お説教の余韻で胃がキリキリと痛む。重い扉を押し開けると、そんな憂鬱を一瞬で吹き飛ばすような、香ばしい魚の焼ける匂いが食堂いっぱいに広がっていた。


「あ、サトオ! おかえり! ちょうど夕飯の準備ができたところだよ」


 ミーシャが小走りで近づいてきて、俺の泥だらけの服を見てクスクスと笑う。


「ずいぶん派手に転んだみたいだね。でも、いいタイミング! 今日はすっごく新鮮な魚が入ったから、お母さんが腕によりをかけて焼いてくれたんだ。早く座って!」


 案内された席につくと、すぐに湯気を立てる皿が運ばれてきた。


 大ぶりの魚は皮目がパリッと黄金色に焼き上げられており、粗塩が振られた表面から脂がジワリと溢れている。付け合わせには、酸味の利いた地元の柑橘類。


「美味しそうだな……いただきます」


 ナイフで身をほぐし、口に運ぶ。――美味い。


 ふっくらとした白身から濃厚な旨味と上質な脂がじゅわっと広がり、強めの塩気が疲れ切った身体に染み渡る。日本の居酒屋で食べたどのアジの塩焼きよりも美味いかもしれない。柑橘を絞ると、さっぱりとした酸味が脂の甘みを引き立て、いくらでも食が進んだ。


「どう? 美味しいでしょ!」


「最高だ。胃の痛みが一瞬で消えたよ」


「あはは、何それ! たくさん食べてね!」


 ミーシャの明るい笑顔と美味しいご飯のおかげで、寂しさも疲れも綺麗にリセットされていく。


 部屋に戻り、ベッドの上で静かに横になる。


 満腹になったことで頭が冴えてきた俺は、左手の『亜空間の指輪』に意識を向け、あの世界を救った先代勇者の日記――その内容をゆっくりと思い返していた。


 昼間の訓練で「武器と認識されると勇者の補正が乗る」と気づいた時、ふと思ったのだ。これほど凄まじい力を一人でコントロールし、魔王を討伐した先代勇者は、一体どんな旅をしてきたのだろう、と。


(昔のパーティ、か……)


 日記の記述を記憶から手繰り寄せる。そこには頼れる重戦士の男や、口は悪いが優秀な魔術師、そして勇者を厳しくも温かく支えていた聖女の記録があった。世界を救うという過酷な旅の中で、彼らは間違いなく固い絆で結ばれた「家族」のような存在だったはずだ。


 それなのに、日記の最後は「異世界の連中に裏切られた」という血を吐くような言葉で終わっていた。


(あんなに信頼し合っていたはずの仲間に、最後は裏切られて、世界の果てに捨てられたのか……? それとも、裏切ったのは国の上層部で、仲間たちは……)


 答えは風化した日記の中だ。今は知る由もない。


 ただ、異世界に放り出されて「一人ぼっちの寂しさ」を痛感している俺だからこそ、その裏切りの絶望がどれほど深く、痛いものだったのかが、ほんの少しだけ分かってしまう気がした。


「……俺は、あんたみたいにはならないよ」


 静かな部屋で、誰に届くでもない呟きが漏れる。


 大いなる野望も、世界への復讐も、俺にはない。今日怒ってくれた受付嬢や、美味しいご飯をくれるミーシャ、無茶に付き合ってくれたドノバンのような、小さな「繋がり」を大切にしながら、等身大に、確実に生き抜いてみせる。


 胸の奥で先代勇者への祈りを捧げながら、俺は鉄の棒を枕元に引き寄せ、静かに目を閉じた。

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