第85章:記憶の再構築、時間回帰の仮説
森の夜気は冷たく、焚き火の爆ぜる音だけが二人の間に響いていた。
俺はアリスの問いかけに応える形で、口を開いた。最初は躊躇いがあったが、彼女のまっすぐな瞳に見つめられると、堰を切ったように言葉が溢れ出した。
この世界に降り立つ前のこと。俺が「勇者」として、あるいは一人の「商人」として、この大陸を効率という名の下で支配し、管理し尽くした記憶。
そして、過労の果てに一度死を迎え、目覚めたらすべてが「システム化」されたこの世界で二度目の生を歩んでいたこと。
「……信じられないよな。俺自身、今でもこれが長すぎる悪夢だと思いたいんだ」
語り終えた俺は、焚き火の灰を見つめて肩を落とした。狂人の戯言だと蔑まれる覚悟はできていた。
「いいえ。……信じるわ」
アリスの声は驚くほど静かで、迷いがなかった。彼女はゆっくりと俺の方へ身を乗り出す。
「あんたの言ったことが本当なら、すべてが繋がる。カトウ商事という巨大な組織が、なぜこれほどまでに完璧に、そして冷酷にこの世界を支配しきっているのか。それは……あんたという『設計図』があったからなのね」
彼女は鋭い洞察力で、俺が恐れていた真実を言語化した。さらに、彼女は思考を深め、仮説を口にする。
「でも、サトオ。あんたは『夢だった』と言ったけれど、それは違うわ。あの日、あの森で私を助けに来てくれた『ユニット10』……あれは間違いなく現実に存在した力だった」
「ああ。あれは、俺が召喚し、定義した個体だ。……でも、俺が力を持って支配していたあの時代と、今ここにある現実の時系列が噛み合わない」
「だからよ」
アリスは焚き火の向こう側で、わずかに表情を険しくした。
「あんたの記憶は夢なんかじゃない。誰かが、あるいは何らかの未知の力が、この世界の時間を巻き戻したのよ。……それも、あんたが世界を完全に掌握した後の、あの絶望的な結末から」
アリスは焚き火に薪をくべると、確信に満ちた瞳で俺を見つめた。
「もし、あれが夢でなかったなら、答えは一つしかないわ。ユニット10を呼び出せたのは、あんたが彼を『召喚した』からじゃない。彼があの『時間の亀裂』の中に、今も存在しているからよ」
「どういうことだ?」
「あんたは彼を呼び出しただけで、元の世界へ送り返していない。彼は今、この世界のどこか、あるいは時間の狭間のどこかで、あんたの帰還を待っているはず。彼こそが、この巻き戻された世界の真実を知る唯一の鍵よ」
アリスの言葉に、俺は戦慄した。もし本当に時間が巻き戻されているなら、あの大男が今もなおあんたに忠誠を誓っていた理由も説明がつく。彼は、あんたが支配していた時代の「記憶」を、システムの一部として引き継いでいるのだ。
隠れ里を目指す旅路の先には、果たして救いがあるのか。それとも過去の清算という名の業火が待っているのか。俺たちは、「ユニット10」という手がかりを頼りに、組織の影が忍び寄る世界で、自分たちの運命を切り開く決意をした。




