第83章:守護者の帰還
空間の亀裂が収束し、静寂が訪れた。
先ほどまで獣の咆哮と汚らわしい熱気に満ちていた空き地は、一瞬にして静まり返っていた。
そこは、戦場の跡地のような惨状だった。
ゴブリンたちは原形を留めないほどに切り刻まれ、あるいは大地に縫い付けられている。凄惨を極めるその光景の中で、たった一つだけ、異質なまでの静けさを保つ影があった。
それは、折れた大剣を杖のように突き立て、アリスを庇うようにして佇んでいた。
「……あ」
アリスは無事だった。彼女は震える瞳で、目の前の巨大な背中を見上げている。
周囲は死屍累々。しかし、彼女の周囲だけには血の一滴も触れていない。その圧倒的な守護の領域が、そこには確かにあった。
重い足音が響く。
大男が、アリスを腕の中に抱え上げ、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
身の丈二メートルを超す巨躯。全身を覆う重厚な鎧には、幾多の戦いを潜り抜けてきた傷が刻まれている。
大男は俺の目の前で足を止めると、まるで壊れやすい宝物を扱うように、慈しむ手つきでアリスを俺の方へと差し伸べた。
俺は震える手で彼女を受け取る。アリスの体温が戻ってくる。
安堵と脱力で視界が潤む中、俺は大男の顔を仰ぎ見た。
……見たことがある。
それは、かつての俺が、最初に召喚した「最高傑作」だった。
効率だけを求めたシステムの中で、最初に「忠誠を誓った」個体。
「……ユニット10?」
俺の掠れた声に応えるように、大男――ユニット10は、無骨な仮面の下で静かに会釈をした。
感情のないはずの瞳には、かつて俺がこの世界を支配するために定義した「主への敬意」が、心の深淵で奇跡的に残響していた。
大男はそれ以上何も語らず、音もなく踵を返す。
彼の去った跡には、ただ冷たい風だけが吹き抜けていく。
残されたのは、アリスを抱きしめる俺と、地獄のような惨状だけ。
俺が捨てたはずの「かつての力」が、皮肉にもこの地獄で俺を救い、そして去っていった。
アリスが俺の服を強く握りしめる。彼女の嗚咽が、荒野に小さく響いた。




