第81章:最適化された檻と、剥き出しの執着
冒険者ギルドで肩を並べるようになってから、数週間が経った。
Dランクのアリスは優秀だった。俺の「最適化された魔力運用」の精度を見抜き、限られた魔力をどう使えば最も効率よく敵を排除できるか、論理的に導き出してくれる。
俺は彼女の導きに深く依存していた。Fランクの俺が今日まで無傷でいられたのは、紛れもなく彼女の知恵と魔法のおかげだ。
彼女の背中を追い、酒場でグラスを重ね、いつしか「明日の約束」だけが、この窮屈な管理社会で呼吸をするための唯一の理由になっていた。
――それが、脆くも崩れ去った。
ゴブリンの集落の調査。簡単な実情調査のはずだった。
何も無い。ただ枯れ木と湿った土があるだけの場所。拍子抜けするほどに平穏だった。
無ければ良かった。そう思った瞬間、背筋に冷たいものが走る。
茂みが爆ぜ、獣の臭気が周囲を満たした。
現れたのはゴブリンの集団だった。彼らの濁った眼は、アリスという「雌」を見つけた途端、粘りつくような異様な熱を帯びた。
「アリス!」
彼女が詠唱を開始するより速く、汚れた手と鋭い爪が彼女を捕らえた。
ゴブリンたちはアリスの衣服を乱雑に引き裂き、抗うアリスの悲鳴が森に木霊し、獣の鳴き声がそれに重なった。奴らの目的は殺害ではない。「繁殖」の道具として扱うことだ。
「……っ!」
視界が揺らぐ。心臓の奥が冷たい針で刺されたように痛んだ。
助けたい。その衝動が脳髄を焼き尽くすほど激しく突き上げてくる。
頭の中が真っ白になる。
心臓が早鐘を打ち、全身が震える。恐怖が沸き上がる――しかし、それ以上に。
「……ふざけんな!」
足が震えている。
ボアと戦った時とは違う。これは単なる恐怖ではない。彼女を失うことへの、狂おしいまでの拒絶だ。
短剣を握る手が、白くなるほど硬直する。
このまま逃げ出したいという本能的な衝動。しかし、このまま引き下がれば彼女の末路は見えている。
かつての支配者としての傲慢も、英雄としての気高き精神も、今はどうでもいい。ただ、あの酒場の隅で冷めた目でグラスを回していた、あの少女の隣の席へ戻りたいだけだ。
震える脚を、奥歯を噛み締めて強引に制御する。
俺は地面を蹴った。
ゴブリンの群れに対し、捨て身の突撃を開始する。




