第80章:効率化された酒場にて
安酒の喉越しだけが、今の俺を唯一繋ぎ止めてくれている。
ボア討伐の報酬で買ったこの一杯。戦い疲れた肉体に染みるはずが、体中の擦り傷と打撲の痛みがそれを邪魔する。
魔力運用で急所を突くことだけはできたが、体力も身体能力も、今の俺は本当に「ただのFランク」だ。
「……はぁ。先代の力を失うってのは、ここまで不便なのか」
独り言を呟き、グラスを見つめて絶望を噛みしめていた時だった。
ふと、視線を感じた。
酒場の隅、テーブルの端に一人で佇む女性。彼女と目が合った。
その瞳が、スッとこちらへ近づいてくる。
彼女は俺の目の前の椅子を引くと、断りもなく腰を下ろした。
「あなた、Fランクの新人さんね」
低く、どこか事務的だが棘のない声。
彼女はアリスと名乗った。つい最近Dランクに上がったばかりの魔法使いだという。
しかし、その表情には昇格の喜びなど微塵もなかった。
「非効率なPTを解雇されたの。……いえ、あちら側からすれば、私が『期待値以下』だったんでしょうね」
カトウ商事の思想が浸透したこの世界では、冒険者も数値で管理される。効率的でない魔法使いなど、速やかに排除される運命なのだろう。
彼女は冷めた目でグラスを回しながら、俺を真っ直ぐに見つめた。
「どうかしら。一人よりはマシと思って、組まない?」
組む。かつての俺なら、一人で世界を書き換える方が早かった。だが、今の俺に拒否権なんて贅沢品はない。
俺は頷き、アリスからこの街の歩き方についてアドバイスを受けた。
「あんた、今日の依頼で無理したでしょ? 動きに無駄がある。
あと、今泊まってる『跳ね馬の蹄亭』……あそこ、質の割に治安が最悪よ。
カトウ商事の下請けが夜な夜な『資産調査』と称して部屋を物色しに来るから」
……そうか。俺が夢だと思っていた場所でさえ、カトウ商事の管理の手は伸びていたのか。
彼女の指摘は的確で、かつ、かつての仲間たちが持っていた「効率主義」の毒気を感じさせない、純粋な冒険者としての知恵だった。
ありがたい。本当に、ありがたい助言だ。
「わかった。……頼らせてもらうよ、アリス」
「ふふ、素直でいいわね。じゃあ、翌朝は東門の広場で。……寝坊したら、置いていくから」
彼女はそう言うと、残っていた飲み物を飲み干して立ち去った。
背中を見送る俺の胸に、久しく忘れていた温かい感情が灯る。
カトウ商事が支配するこの世界で、それでも「個」として生きようとする存在。
彼女との約束が、明日という日を少しだけマシなものにしてくれそうだ。
俺は残りの酒を一気に煽ると、立ち上がった。明日の朝、またボアのような無様な戦いを見せるわけにはいかない。少しでも身体を休めなくては。




