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最強の力を引き継いで異世界転移したものの、先代勇者が国にハメられて暗殺された歴史を知ってしまった件。  作者: 藤咲玲


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第79章:Fランクの洗礼と、英雄の残滓

 冒険者証を受け取り、サトオはギルドを後にした。


 プレートに刻まれた「Fランク」の文字。かつて帝国を支配し、魔王軍を農業機械へと作り変えた男が、今は一番低い階級から再スタートを切る。ある意味では、望んでいた「平穏な冒険者生活」の第一歩だ。


 最初の依頼は、街の外れに現れたボアの討伐。初心者向けの簡単な仕事だと、受付嬢は機械的な笑顔で言った。

 森の小道で、サトオは獲物を待った。


 茂みが大きく揺れ、唸り声と共に巨大なボアが突進してくる。

 

「――ッ!」

 体が動かない。


 かつてのサトオなら、指先一つで周囲の重力を操作し、ボアを地面に縫い付けることができた。だが、今の自分には『限界突破』もなければ、魔力の絶対量も驚くほど少ない。


 突撃は回避不可能だ。直撃すれば、間違いなく骨まで砕かれる。


 ボアの蹄が地面を削る音が、鼓膜を劈く。死の予感にサトオの脳が強制的に再起動した。


 体が勝手に動く。勇者マサトとしての膨大な戦闘経験が、神経系に直接命令を下す。


 ギリギリのところで、サトオは体を横に捻った。


 ボアの鋭い牙が、外套の端を掠める。死臭が鼻をかすめた。


「クソッ、やっぱり『神速』がないと鈍重だな!」


 サトオは腰の短剣を抜いた。剣術のスキルなどない。だが、勇者の記憶が「急所」の場所を鮮明に教えてくれる。


 ボアが旋回し、再び突進しようと足を踏ん張ったその刹那。サトオは魔力運用・最適化を発動させた。


 ごくわずかな魔力を、短剣の刃先にのみ集中させる。


 すれ違いざま、最小限の力で、ボアの首筋にある急所を撫でるように滑らせた。


 手応えはない。しかし、ボアの巨体は勢いに任せて数メートル先で崩れ落ち、盛大な土煙を上げて動かなくなった。


「はぁ……はぁ……っ」


 サトオは短剣を握り締めたまま、その場にへたり込んだ。


 喉が焼けつくように熱い。わずかな魔力運用だけで、肺が悲鳴を上げている。筋肉が震え、全身の水分が汗となって抜け出していく。


 英雄の意識に対し、肉体が全くついてきていない。


「これがFランク……いや、俺の『今の実力』か」


 討伐の証である角を切り取るだけで、腕が鉛のように重い。


 宿屋へ向かう足取りは覚束なく、夕暮れの街灯がやけに遠く感じられた。


 ふと、街の角に「カトウ商事」の看板が掲げられた出張所が目に入る。そこでは、ボアの肉を効率的に買い取るための窓口が設けられ、多くの冒険者が長蛇の列を作っていた。


 彼らの目は相変わらず、虚ろで、管理されている。


 サトオは外套のフードを深く被り、その列を避けるように宿屋への路地裏へと消えた。


 かつての自分が作ったシステムが、今日もこの街の全てを管理している。


 クタクタに疲れ果てた体を引きずりながら、サトオは自分のベッドが、あの冷たい「カトウ商事の管理」に侵食されていないことだけを祈った。



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