第78章:新章 二度目の朝と、見えない影
4部 回帰編
硬い藁の敷布団が、背中に食い込む感触。
鼻を突くのは、微かなカビと干し草の匂い。
サトオは息を呑んで跳ね起きた。
心臓が早鐘を打ち、全身から脂汗が噴き出している。
過労死という結末を迎えたはずの意識が、驚くほどの鮮明さで戻ってきた。
「……夢、か」
荒い呼吸を整えながら、周囲を見回す。そこは、冒険者ギルドの紹介で転移直後に泊まった、始めの街の安宿の一室だった。
記憶は混濁していない。先代勇者の魂を受け継ぎ、異世界へ降り立ち、そしてあまりに強すぎた力で世界をねじ伏せた日々のこと。
サトオは安堵の息を漏らした。
すべて、長すぎる悪夢だったのだ。
システムによる支配、英雄としての重圧、すべて幻。
今日から、本当の第二の人生だ。今度は英雄などにはならない。ただの冒険者「サトウ」として、静かに、誰にも干渉されずに生きるのだ。
その時、ピリリと脳裏が疼き、スキル継承時のシステム音が鳴り響いた。
自身の指には亜空間の指輪がはめられている。確認すれば、そこには以前とは少し違う、縮小されたスキルと格納リストがあった。
【スキル】
『アイテムボックス』
『限界突破』……削除済み
『神速剣技・天衣無縫』……削除済み
『万物鑑定』
『魔力運用・最適化』
『隠蔽』
「……神様の悪戯か。それとも俺の過労が脳に焼き付かせた後遺症か」
サトオは苦笑し、手元に残った鉄の短剣を腰に差した。
街に出ると、そこには平和な異世界の風景があった。ドローンも、電卓も、KPI管理もない。ただの人々が、ただの暮らしを送っている。
「最高だ。これこそが俺が求めていた平穏だ」
サトオは足取り軽く冒険者ギルドへ向かった。
しかし、ギルドの掲示板を見て、彼の足は止まる。
そこには、無数の「カトウ商事」の広告が貼られていたからだ。
『カトウ商事:新規拠点開設に伴う人材募集!』
『生産・流通の最適化を図る! 大陸経済を支えるカトウ商事へようこそ』
街の喧騒の中、誰もが当たり前のようにその名前を口にしている。
サトオの背筋に冷たいものが走った。文明のリセットなど起きていなかった。ただ、彼が「夢」だと思っていた支配構造が、別の形で、しかしより強固に、この世界の「常識」として根付いているのだ。
ギルドのカウンターへ向かうと、受付嬢がサトオに微笑みかけた。
だが、その笑顔にはどこか不気味なほどの「マニュアル化された正確さ」があった。
「ようこそ。ご要件をお伺いいたします」
「ぼ、冒険者の登録を……」
「はい、冒険者のご登録でよろしかったでしょうか?」
受付嬢は、カトウ商事の管理部門より支給されたという水晶を差し出した。
「では、スキルの鑑定と犯罪歴がないか確認させていただきますね」
水晶が淡く光る。『隠蔽』スキルが働き、サトオの真の能力は書き換えられて表示された。
「確認いたしました。スキルは『身体強化・弱』と『剣術』ですね。あなたの能力は、カトウ商事の理念に合致するようです。共に世界を『豊か』にしましょう!」
「……何だって?」




