第77章:依存の食卓、「カトウ商事」のある生活
帝都の朝は、かつてないほど静寂に包まれていた。
かつては市場の喧騒と、貴族たちの馬車の音、そして時折響く王宮の鐘が帝都の風景を作っていた。しかし今、帝都の街並みは「カトウ商事」の物流網によって、均一化された効率的な「生活圏」へと変貌していた。
宰相は帝都の視察を終え、倉庫本店のプレハブ宿舎でその光景を回顧していた。
「……信じられない光景だ。かつては飢えに苦しんでいた貧困層が、今やカトウ商事の『物流管理アプリ』を使いこなし、最も効率的な配給ルートで生活必需品を受け取っている」
帝都の住民たちは、サトオが導入した物流システムに完全に従属していた。
朝、住民たちがアプリで注文を入れると、数分後には魔王軍が管理する配送ドローンが空を覆い、玄関先まで食料品を届ける。かつては高嶺の花だった新鮮な野菜や保存食が、驚くほど安価で、しかも迅速に供給されるようになった。
住民たちは、最初は強権的な買収を恐れていた。しかし、一度その利便性と圧倒的な安さを享受してしまえば、もはや前の生活には戻れない。彼らは自ら進んで「カトウ商事の市民」となり、アプリの通知に合わせて朝起き、指定された効率的な作業を行い、与えられたマニュアル通りの生活を送るようになった。
「サトオ、住民たちの依存度が異常だ。彼らはもはや、自分たちで火を熾すことさえ忘れている。すべての生活が、カトウ商事の供給なしには成立しなくなっている」
宰相が報告すると、サトオは端末のグラフを見ながら淡々と答える。
「それがビジネスの究極だ。生活のインフラを握れば、暴動も反乱も起こらなくなる。彼らは俺に逆らうことができないのではない。俺のサービスなしでは『生きられない』身体にさせられたんだ」
それは、暴力よりも残酷な支配だった。
かつて誇り高き騎士団や、帝国の民として生きていた者たちは、今やカトウ商事という巨大な経済機構を回すための、幸福な歯車と化していた。彼らはサトオの冷徹な経営によって、食うに困らない「家畜以上の生活」を保証されている。その代償として、彼らは自由意志という名の「非効率な贅沢」を差し出したのだ。
倉庫の入り口付近では、子供たちがカトウ商事の配送用ドローンの動きを真似て遊んでいる。彼らにとっての「帝国」とは、歴史の教科書の中の物語に過ぎない。彼らにとっての真の支配者は、空を舞うドローンと、掌の中にある端末だけだった。
宰相は、かつて自分が率いた帝国の民たちの、あまりにも穏やかな「管理社会」での姿を見て、絶望と同時に奇妙な安堵を覚えた。
この男は、世界を焼き尽くすのではなく、最も効率的な形で「飼い慣らした」のだ。
「宰相。次の四半期目標を発表する。帝国の全域に、カトウ商事の『生活管理AI』を全戸導入しろ。各家庭の消費データをリアルタイムで収集し、無駄な支出を削減させる」
「……承知いたしました」
宰相は深く頭を下げた。もはや彼の中には、帝国を再興するという熱い志は残っていない。ただ、カトウ商事の完璧な経営計画を遂行する、有能な末端管理職としての自分があるだけだった。
帝都の空をドローンが静かに舞う。効率という名の平穏が、この国を永遠に飲み込んでいた。




