第76章:冷徹なる「市場侵略」
格付け査定が大陸全土を震撼させてから数日。旧第4物流倉庫には、新たな「客」が現れていた。
彼らは兵装ではなく、精緻な経済戦略の書面を抱えていた。大陸の西側で絶大な権力を誇る商業連合体『ゴールド・バタフライ』の使節団である。
「カトウ殿、少々やりすぎではないか?」
代表の男は傲慢な笑みを浮かべ、サトオのデスクに分厚い契約書を叩きつけた。
「君のやっていることは独占ではない。ただの暴君による経済略奪だ。我々は君の物流モデルに欠陥があることを突き止めた。この書面を見てくれ。君の物流網を無効化する、さらに緻密な『対抗流通経路』の構築計画だ」
彼らの理論は完璧だった。サトオが構築した物流拠点の隙を突き、コストをさらに圧縮し、市場を奪い返す。軍事力ではなく、数字と論理でサトオを追い詰めようとする、洗練された「ビジネスの刺客」たちだった。
倉庫内が静まり返る。宰相は、その論理的な攻撃に一瞬だけ希望を見た。これならサトオを論破できるかもしれない、と。
しかし、サトオは表情ひとつ変えず、突きつけられた契約書を一瞥して、端末のボタンを押した。
「……バルド、ミア。倉庫の搬入口を全開にしろ」
次の瞬間、地響きとともに魔王軍の労働部隊が、何千トンもの建設資材と魔導機材を抱えて倉庫へとなだれ込んできた。
「君たちの理論は正しい。机の上ではな。だが、現場を知らなすぎる」
サトオは立ち上がり、魔王軍を指差した。
「君たちがその『対抗流通経路』を構築するのに要する時間は数ヶ月だろう。だが、俺は今からこの倉庫を改築し、魔王軍の『力技』で君たちの計画しているルートそのものを、物流の『物理的な障害物』として上書きする」
サトオの指示のもと、魔王軍は軍事力ではなく、圧倒的な「労働量」で倉庫の地下構造を掘り起こし、数分間で新しい物流パイプラインを敷設していく。魔法と肉体労働の極致による、物理的な「商圏の強引な接続」だった。
「経済は生き物だ。論理で語る前に、供給側が物理的にインフラを掌握すれば勝負は決まる」
ゴールド・バタフライの代表は、真っ青になった。自分たちが数ヶ月かけて計算し尽くした経済モデルが、たった数分間の力技で「無意味な落書き」に成り果てたのだ。
「独占を批判する前に、君たちの非効率な流通コストを計算しろ。……どうだ、我が社の傘下に入るか? それとも、明日から市場から完全に消えるか?」
サトオの眼光は、単なる商人ではない。力と効率を、ビジネスという名の下にすべて飲み込む「真の魔王」そのものだった。
宰相は戦慄した。この男にとって、敵は滅ぼすべき相手ではなく、吸収すべき「リソース」に過ぎないのだ。倉庫の照明が、冷徹な青白い光を放ち、大陸全土をカトウ商事のインフラ網が飲み込んでいく様子を浮かび上がらせていた。




