第73章:待合室の「敗者」たち
帝国王宮を物流倉庫へと変貌させたことで、近隣諸国に一つの事実が突きつけられた。「帝国は、サトオという名の怪物に完全に買収された」という事実だ。
その結果、旧第4物流倉庫の入り口には、かつて見たこともないほど奇妙な行列が出来ていた。
かつて帝国と国境を巡って激しい戦火を交えた敵国の将軍、矜持を重んじる小国の王たち、そして経済的な打撃を受けて破綻寸前の商業国家の使節団。彼らは皆、かつての敵対関係を忘れ、あるいは捨て去り、一様に深刻な面持ちで整理番号札を握りしめていた。
倉庫の殺風景な待合スペースには、パイプ椅子が並べられている。隣り合わせに座るのは、昨日まで殺し合いをしていたはずの将軍と国王だ。しかし、彼らの間に緊張感はない。あるのは「サトオに会わなければ、自国の経済が立ち行かなくなる」という共通の絶望だけだった。
「……そちらの国も、物流路の停止通告が来たのか?」
老いた王が、隣の将軍に問いかける。
「ああ。カトウ商事のトラックが一台も入らなくなった。食料も、魔導燃料も、輸入が完全にストップした。このままでは今冬を越せない」
将軍は軍服の襟を正し、力なく首を振った。彼らが座っているのは、かつて帝国が倉庫として使っていた古びた場所だ。かつては帝国を征服するために軍を率いた男たちが、今や一人の商人の前室で順番を待っている。
やがて、バルドが事務的な調子で声をかけた。
「……次の、番号札15番。入ってくれ」
名前を呼ばれた王は、深い溜息をついて立ち上がった。彼がサトオのオフィスへ入ると、そこではかつての帝国宰相が、泣きそうな顔でパソコンを叩き、ノルマの進捗を報告していた。
サトオは顔も上げず、冷徹な瞳でモニターを見つめている。
「カトウ殿……我が国の物流路を再開させてほしい。帝国との商売は、我が国にとって生命線なのだ。融資と、帝国への優先出荷枠を……」
王の懇願に対し、サトオは手元にある分厚い資料をめくった。そこには、その国のGDPや生産効率、そして市場価値が残酷なまでの正確さで記されていた。
「特産品の輸出か。効率が悪すぎる。今の市場では需要がない。扱う価値はないな」
「そ、そんな! それでも我が国は、帝国と数十年もの友好を結んでいたはずだ!」
「過去の契約は、今の経済合理性とは関係がない。それに君の国は、我が社の物流システムに対する『インフラ整備費』を一度も払っていないだろう?」
サトオは冷たく言い放つ。
「融資? ビジネスを学んでから出直してこい。宰相、こいつを待合室へ戻せ。次の案件が溜まっている」
宰相は、必死に頭を下げる老王の肩を掴み、無慈悲にオフィスから引きずり出した。
「次の、番号札16番! 準備はいいか!」
倉庫の天井から垂れ下がる無機質な蛍光灯の下、かつての帝国を支配していた者たちを、今度はサトオが「カトウ商事」の軍門に降らせようとしていた。待合室では、次の順番を待つ王たちが、互いの顔を見合わせて、ただ静かに死を待つような面持ちで俯いている。
もはや、この倉庫に「国家」という概念はない。あるのは「顧客」と「非効率な債務者」、そしてそれらすべてを管理する、唯一無二の経営者だけだった。




