第72章:倉庫のピッキングと支店長、地獄のKPI管理
帝都外れの旧第4物流倉庫は、今や大陸経済の心臓部として異様な熱気に包まれていた。
かつての栄華を象徴する玉座は影も形もなく、そこには無機質なパーティションと、うなるような計算処理音を上げる魔導サーバー群が詰め込まれている。サトオは倉庫の最奥、元は梱包室だったスペースに設けたオフィスで、タブレット端末を淡々と操作していた。
「宰相。今期の帝国領内における物流手数料の目標値だ」
サトオがデスク越しに突き出したディスプレイには、現時点での帝国税収を遥かに上回る、非現実的な数値が並んでいた。
「な、なんだこれは……! こんな数字、達成できるはずがない! 帝国全土の貴族たちから、さらに過酷な徴収をしろとでも言うのか!」
宰相は血の気が引いた顔で声を荒らげた。かつて国政を優雅に語っていた面影はどこにもない。いまや彼は、サトオの経営目標を達成するための「帝国支店長」という名の社畜に過ぎない。
「いいや、徴収ではない。彼らの領地で放置されている未活用資産を、我が社の物流網に組み込むための『経営指導』だ。貴族の特権を維持したければ、それに見合う利益を出すのが商売というものだ」
サトオは一切の情を込めることなく言い放つ。
倉庫の広いフロアでは、かつて豪奢なドレスや礼服に身を包んでいた王族や公爵たちが、魔王軍の幹部による厳しい検品作業の真っ最中だった。
「おい、そこは『壊れ物注意』のラベルが貼ってあるだろうが! 雑に扱うな!」
魔王軍の幹部が怒号を飛ばすと、かつての公爵夫人が涙目で書類を整理し、王太子が重いコンテナを必死に運んでいる。ここでは身分など関係ない。
「カトウ商事」の社内ランクと、その日の業務効率がすべてだ。
「宰相。君の新しい仕事は、彼らの管理と教育だ。午後からは各地方貴族への『物流改革の通達』を出せ。拒否するなら、彼らの領地にある全物流拠点を即座に凍結すると付け加えておけ」
「……あぁ、神よ。我が帝国は、いつからこのような……」
宰相は机に突っ伏し、電卓と睨めっこしながら胃薬を求めるような仕草を見せる。その傍らで、かつて護衛騎士だった者たちが、配送伝票の束を抱えて奔走している。
倉庫内には冷徹なまでの「効率」が支配し、かつての階級制度は「カトウ商事」の組織図という名の序列に置き換わっていた。
「さあ、休憩は終了だ。宰相、15時からの予実管理会議の資料は揃っているな?」
サトオの声に、宰相は力なく「……承知いたしました、支店長」と答える。
かつての宰相は、もはや国を憂う政治家ではなく、上司の顔色をうかがいながら膨大なノルマに追われる中間管理職となっていた。
倉庫の薄暗い蛍光灯の下で、帝国の権威は、紙屑となってシュレッダーにかけられていく。




