第70章:国家の終焉
宰相は震える唇で、最後の抵抗を試みた。
「……認められるわけがない。国家の根幹を、一介の商人に委ねるなど……それは帝国という国の完全な消滅を意味するのだぞ!」
彼は懐から短剣を抜き、玉座に座るサトオではなく、その背後に立つかつての仲間――バルドへ向けた。
「バルドよ! お前たちは帝国を守るために戦った英雄ではないのか! なぜ、このような国を売り渡す男に加担する!」
バルドは呆れたように肩をすくめ、その手に持っていた「腐葉土の山(と宰相が思い込んでいるもの)」を無造作に置き、その中身を露わにする。それは腐葉土ではなく、帝国の主要な魔導工廠から回収した、再利用可能な高機能パーツの塊だった。
「……宰相。俺たちはサトオに雇われているだけだ。冒険者としてな」
バルドは短剣を指一本で弾き飛ばし、冷ややかに言い放つ。
「俺たちが守りたかったのは帝国じゃない。サトオが作ろうとしている『効率的な世界』だ。正直、お前らの建前を聞かされるより、サトオの下で働く方が報酬も将来性も桁違いにいい」
その言葉は、宰相にとって何よりも残酷な通告だった。
英雄たちはもう、帝国のために戦うことはない。彼らはサトオという名の「勝てる経営者」の陣営に、明確に鞍替えしたのだ。
サトオは端末を操作し、さらに冷酷な選択肢を提示する。
「宰相。君が拒絶するなら、この契約は破棄だ。だが、私の物流網から帝国を切り離すことは、君たちが明日から『食糧』と『資源』を一切調達できなくなることを意味する。帝国全土の全ショップから、我が社の配送貨物を引き上げる」
宰相は真っ青になった。物流が止まるということは、帝都が数日で餓死することを意味する。
「……待て。署名する。署名すれば……物流は維持されるのだな?」
「当然だ。俺は悪徳な商人ではない。契約を遵守するプロフェッショナルだ。条件を飲めば、君たちは帝国という名の『俺の支店』として存続できる」
サトオが突き出した契約書に、宰相は崩れ落ちるように指印を押した。その瞬間、王宮を包んでいた重苦しい空気が一変する。サトオの背後のホログラムに、帝国の全経済データが「承認済み」の緑色で輝き始めた。
「商談成立だ。これより帝国はカトウ商事の管理下に置かれる。宰相、君の新しい仕事は、王家の資産管理と、我が社の物流経路の優先確保だ。明日から『帝国の宰相』ではなく『カトウ商事・帝国支店長』として働いてもらう」
サトオは玉座から立ち上がり、かつての英雄たちへ短く指示を出す。
「バルド、ミア、レイ。この場所を、明日からの営業に向けたオフィスに改装する。内装は機能美を優先しろ。飾り立てた権威などという無駄なコストは、すべて倉庫の資材に回す」
サトオは指輪のついた指先をクルリと回し空間を歪め魔王軍を召喚した。
「常駐してくれ。」
宰相は玉座を奪われ、床に座り込んでいた。王族たちは、自分たちの帝国がたった一つの「サイン」で巨大企業の傘下へと書き換えられた現実を受け入れられず、呆然と立ち尽くしている。
帝国は滅びなかった。しかし、帝国は帝国であることをやめたのだ。
かつての玉座の間は、静かな喧騒とともに、世界最大級の商社の「本店」へと変貌を遂げようとしていた。




