第65章:最適化の裏側、魔王の残業
市場が閉まった後、夜の静寂に包まれた『ただの農家』の屋台の裏。
サトオは簡易椅子に腰掛け、タブレットで帝国全土の流通ログを監視していた。
そこに、影からふわりと黒い霧が立ち昇り、漆黒のローブを纏った魔王ウルガルが姿を現す。
「カトウ様、お疲れ様です。本日の帝国市場を介した流動数は予測通り。価格調整も完璧に機能しております」
ウルガルは恭しく一礼し、完璧な報告を並べる。サトオはタブレットから目を離さず、短く頷いた。
「ご苦労。……で、帝国の中枢はどうだ?」
「はっ。現在、我々が意図的に発生させている物流の微細な遅延に対し、不満を持つ層が動き出しております。特に王家の高圧的な管理体制に辟易している地方領主らが、独自の調査を開始しました」
サトオは鉄仮面越しに魔王を見た。
「計画通りだ。王族や重臣どもは、今さら下々の市場の変動など取り合わん。だが、自らの領地の収益に直結する『不自然な滞留』に、野心ある連中が気づかないはずがない」
「仰る通り。ベルンハルト伯爵家の会計官が、物流データと会計数値の相関を突き止めました。彼らは今、この事態を打開するための『協力者』を熱烈に求めております」
サトオは指を鳴らし、画面に一つのグラフを呼び出した。
「いいかウルガル。……これは遊びじゃない。帝国という巨大な組織を、俺のデータベースの中に統合する。そのためには、外側から扉を叩いても無駄だ。内側に楔を打ち込み、向こうから招き入れさせる」
「かしこまりました。では、ベルンハルト伯爵には『匿名』で接触を図りますか?」
「いや、あえて泳がせておけ。……彼ら自身が『この問題を解決できるのはカトウという商人に違いない』と確信し、社交場の会合へ招待状を送ってくるまで待つ。そこが、俺が帝国の中枢へ足を踏み入れる入り口だ」
市場の裏側で行われるこの会議こそ が、帝国を統べるための真の玉座。
夜闇の中で、二つの影が静かに微笑み合う。
「カトウ様、これにて帝国経済の統合計画が完了すれば、次は……」
「軍部と官僚機構の再編だ。誰の利益になるかなど考えるな。俺の管理下で、組織がどう最適化されるか。それだけを考えて動け」
「ハッ、仰せのままに」
帝国は何も知らぬまま、緩やかに「カトウ」という名の管理下へと沈んでいく。
それは誰にとっても効率的で、誰にとっても逃げ場のない、完成されたシステムの始まりだった。




