第62章:独占への対抗策「ただの商人」への依頼
帝国商業ギルドの会議室は、かつてない重苦しい空気に包まれていた。
魔王商事が展開する「高品質・低価格」の波状攻撃により、帝国全土の商人は破産寸前。物流は魔族の転送網に握られ、価格決定権も奪われた。
「……打つ手はないのか! あの魔王商事の横暴を止める手立ては!」
ギルド長が叫ぶが、皆、言葉に詰まる。魔王商事の食材は美味すぎた。価格は安すぎた。誰もが「魔王の支配」という事実に気づきながらも、その利便性と品質に抗えなかった。
その時、一人の若手商人が震える声で提案した。
「……あの方しか、いません。最近、彗星のように現れた商人、『ただの農家・カトウ』殿です」
会場がざわめく。
最近、市場に現れては瞬く間に最高品質の農産物をさばき、商人の間でも「仕入れ先が謎すぎる」と噂されているあの男。魔王商事の独走を許さず、唯一対抗しうる唯一の希望。
「そうだ! カトウ殿の農産物は、魔王商事のものに匹敵する……いや、それ以上の品質だ! あの男に、魔王商事との『対立軸』を作ってもらえば、均衡は保てる!」
彼らは知る由もなかった。自分たちが救いを求めている相手こそが、魔王商事の経営権を裏で握る、真のオーナーであることを。
数日後。
帝国ギルドの幹部たちが、質素な屋台『ただの農家・カトウ』の前に集まった。
「カトウ殿! お願いだ、我々と契約してくれ! 魔王商事の独占を崩してほしい。あんたの高品質な作物を、我々の流通網で扱わせてもらえないか?」
サトウは、露店の裏で魔王ウルガルにタブレットで「在庫管理の最適化」を指示していた手を止めた。
彼は幹部たちの必死な顔を見回し、鉄仮面の下で小さく笑う。
「……魔王商事が邪魔か?」
「ああ、そうだ! あの怪物を倒せるのは、あんたの品質だけなんだ!」
サトウは肩をすくめた。
自分の作った商品を、自分で潰すために雇われる。これほど効率的で、面白い商売はない。
「分かった。……契約しよう。ただし、俺には俺の『流通ルール』がある。ギルドの従来のやり方は一切破棄してもらうぞ」
「わ、わかっている! あんたのルールに従う!」
サトウは「ただの農家」として、商業ギルドとの契約書にサインした。
これで、魔王商事(表)と、カトウの露店(裏)の両方の流通をサトウが完全に支配することになる。
「これで、市場の価格も、流通量も、全部俺の配下だ。……競合による市場の活性化(という名の俺による管理)が、ここから始まるな」
サトウは幹部たちを見送りながら、裏で魔王ウルガルに通信を入れる。
「……ウルガル。プランBだ。商業ギルドを介して、逆に市場全体を統合する。……いいか、潰すな。商売を競い合っているフリをして、最終的に両方の利益が俺の懐に入るように誘導しろ」
「ハッ、仰せのままに、カトウ様!」
「人聞きの悪い呼び方するな!」
帝国中の商人は、サトウを「救世主」と呼んだ。しかし、彼らは誰も気づいていない。自分たちが必死に運んでいる馬車も、商売の利益も、すべては一人の農家の掌の上で、肥料として転がされているだけだということに。




