第60章:魔王の経済侵略
サトオから経営学と農耕プロトコルの手ほどきを受けた魔王ウルガルは、その才能を恐ろしい方向に開花させていた。
かつての魔族の侵略は、城壁を壊し、領民を恐怖させる「物理的な破壊」だった。しかし、今の魔王が実行しているのは、敵国の経済基盤を根底から腐らせ、最終的に「食料供給の停止」という名の死刑宣告を突きつける「経済的兵糧攻め」だった。
ターゲットは近隣の商業都市・バール。
この街は長年、魔王領の南に位置する優良な農場から作物を仕入れ、周辺へ流通させることで栄えていた。ウルガルは、その商流を狙い撃ちにした。
「……価格を前月比の半額に設定しろ。ただし、販売先は帝国直営の指定業者のみだ」
ウルガルの命を受け、魔族たちが魔力転送網を使って、バール市近郊の市場に圧倒的な品質の穀物を「採算度外視」の安値で投下した。
一晩で、バール市の地元の農家は全員が価格競争に敗北した。買い手は、魔族が運び込む「安くて、最高品質で、腐らない(魔力で鮮度保持された)」作物に殺到した。
街の商人は悲鳴を上げた。「これでは商売にならない!」と。だが、ウルガルは冷酷に追撃をかける。
「……彼らが潰れたら、我々が街の土地を買い取れ。もちろん、土地の権利書を担保に食料を貸し付ける『借金』の形式だ」
まるで悪魔の所業のようだ…
半年後。バール市は実質的に魔王領の「直轄下」に置かれた。街のすべての食料は魔王領から供給され、街の土地の半分は担保として魔王へ譲渡された。
市民たちは、かつて魔王の軍勢を恐れていたはずなのに、今では「明日の朝のパンを配給してくれるのは魔王様だけだ」と、神のように崇めるようになっていた。
サトオは、報告書を見ながら小さく頷く。
「……ほう。垂直統合型の流通網か。悪くない。利益率は当初の予測より20%高いな」
「カトウ様、この調子であれば、来季までには隣接する帝国東部三州を『実質的な経済属領』に収められます。軍を動かす必要すらありません」
ウルガルは自信に満ちた表情で報告する。かつて部下を殺戮の現場に駆り立てていたその手は、今や複雑な市場の数値をグラフにするため、洗練された動きでペンを走らせている。
魔王の経済侵略は、誰も気づかないうちに進行していた。
城壁を乗り越える兵士は一人もいない。ただ、気づいた時には「魔王から供給される食料なしでは一日も生きられない」という依存関係が出来上がっている。
サトオの定めた「収穫効率の最大化」という論理は、世界を平和にするのではなく、世界を「サトオの農場の市場」へと作り変えていた。
その頃、追跡を諦めて帰還したバルドたちが、バール市の活気を見て驚愕していた。
街のあちこちに、なぜか「魔王様の高品質小麦・直売所」の看板が立ち並び、市民たちが「魔王様万歳!」と歓喜している光景。
「……なあ、俺たちは魔王を倒しに来たのか、それとも『魔王商事』の営業所に迷い込んだのか?」
レイの呟きに、誰も答えられなかった。ただ、街の空気を支配している「異様なまでの生産性の高さ」だけが、彼らの背筋を凍らせていた。




