第56章 肥料への還元
ミアが弓を下ろし、深く息を吐く。その背後でバルドが拳を壁に打ちつけた。何の反応もない、ただ冷たい岩の感触だけが掌に残る。
「……追跡魔法も、気配探知も、すべてこの地点で『無』になる。まるで世界そのものが、カトウの存在を記憶から消し去ろうとしているみたいだ」
レイが周囲の草木を不審げに検分するが、そこには植物が不自然に育ちすぎている点を除けば、異常な魔力の残滓すらない。
「……俺たちは、最初から何者かを追っていたんじゃなくて、最初から何も存在しなかった場所を追いかけていたのか?」
バルドは言葉を失う。彼らが執着していたのは、魔王軍の脅威でもなければ、伝説の英雄でもない。ただの食い意地の汚い男の日常だったという事実に、冒険者としての矜持が音を立てて崩れていく。
その頃。
結界の外、数キロ離れた街道の入り口。
そこには、地域の権益を独占し、通行税の名目で過度な徴収を行う「現魔王軍」の検問所が設置されていた。
彼らは肥沃な土地を焼き払い、農民から作物を略奪することで、自分たちの軍事力を維持している。
サトオは、検問所に積まれた略奪品――雑草の種と、質の悪い肥料が混じった穀物の山――を横目に、冷ややかな視線を向けた。
(……このエリアは、本来もっと高い収穫率を叩き出せるポテンシャルがある。それをこの『ノイズ』どもが、資源をゴミに変えて放置しているというわけか)
サトオにとって、彼らが「魔王軍」を名乗ろうが、何らかの主義主張を持っていようがどうでもよかった。重要なのは『環境の安定』と『タスクの完遂』だ。
「おい、そこの旅人! 止まれ! 貴様の所持品をすべて検査させてもらうぞ!」
傲慢な声とともに、現魔王軍の兵士たちが槍を突き出す。
サトオは足を止め、溜息を一つ吐いた。鉄仮面の奥で、彼の瞳が「害虫駆除」の最適解を計算し始める。
「俺はただの冒険者だ。……お前たちのその非効率な『徴収』という名の活動が、ここの経済を悪化させていることに気づかないのか?」
「何をたわ言を……!」
兵士が槍を振り下ろそうとした瞬間、サトオの指輪から、目に見えないほどの高密度な魔力パルスが解き放たれた。物理的な破壊ではなく、彼らの力と精神の均衡を一瞬で逆転させるためのプロトコル。
次の瞬間、彼らの足元の土がまるで生き物のように隆起し、兵士たちの鎧と槍を、まるで苗を植えるように地面へと固定した。
「……無駄な抵抗は資源の浪費だ。大人しく、肥料として地に戻れ」
サトオは背後の森に向かって、指輪を軽く鳴らす。




