第55章 Fランクのクエストと、神聖化された『雑草』
サトオはギルド内の騒然とした空気を一切無視し、依頼掲示板の最も端っこ、埃を被った場所へと歩み寄った。
冒険者たちが注目しているのは、聖湖への攻略依頼や高難度の討伐クエストだ。しかし、サトオの目が留まったのは、古びた羊皮紙に書かれた地味な依頼だった。
『依頼:農園の害獣駆除。指定区画のネズミを排除せよ。報酬:銀貨1枚』
(……ほう。この近辺、最近は害獣が多いのか。ネズミの食害は農作物の品質を落とす。ちょうどいい、聖湖へ向かう道のりの途中でついでに済ませよう)
サトオは、周囲が自分を英雄として崇め、あるいは警戒していることなど露知らず、Fランクの低賃金クエストの札を無造作に剥がした。
「……おい、嘘だろ? カトウが……そんな端っこの依頼を?」
ギルド中が静まり返る。
カトウは受付嬢の元へ戻ると、鉄仮面の下で淡々とした口調で告げた。
「これを受ける。ついでに近くの街までの街道清掃もやる。……あちこち草が伸びすぎて歩きにくい」
その言葉は、彼にとってただの日常の愚痴に過ぎなかった。だが、その場にいた者たちには、「害獣駆除」とは魔王軍の斥候を指し、「草刈り」とは魔王軍の防衛拠点そのものを整地することを指す暗号のように聞こえていた。
「わ、わかりました……! 街道の、整地……承りました……!」
受付嬢の手が震える。
ギルド長は深々と頭を下げ、カトウ殿に草刈りを依頼するなど、この街は救われた……!」と涙ぐんでいる。
カトウはそんな反応に一瞥もくれず、カウンターに「Fランク依頼完了用の報告書」を広げると、ペンを走らせた。
その後ろで、バルドがようやく声をかける。
サトオは、周囲の言葉を「ノイズ」として処理し、クエスト開始の刻印をギルドカードに刻む。
彼はギルドを出る直前、掲示板の端にあった「雑草の抜き方に関する簡易マニュアル」を手に取り、それを一読して満足げに頷く。
「……ふむ。この地域の”草”は、少し根が深いか。……」
そう呟いて、カトウは再び歩き出した。




