第51章:食糧増産計画
サトオは指輪の管理画面を操作し、元魔王軍拠点から、特定の条件を満たす個体を抽出した。
選定基準は「戦闘力」ではない。「農地改良」「土壌学」「効率的な収穫作業」に特化したスキルを持つ、魔王軍内のいわゆる兵站部隊だ。彼らは今まで、魔王軍のために兵糧を確保し、過酷な環境下で食料を錬成し続けてきた、ある意味でサトオと同じ「食への執着」を持つ精鋭たちだった。
(……彼らを俺の盆地に連れてくる。ここでの開拓は、俺一人では限界がある)
サトオはゲートの座標を「ささやきの森」の盆地へと固定する。指輪から放たれる青白い光が、要塞の一角に転送陣を形成した。
「……行くぞ。カトウ様のご命令だ。盆地へ移動し、農耕作業に従事せよ」
十名の兵站部隊は、困惑しながらも整列した。彼らにとってサトオは「要塞を塗り替えた支配者」であり、その命令は絶対である。転送先が「ささやきの森」と聞いて彼らは息を呑んだが、次に続く言葉でその表情が変わった。
「……お前たちの任務はただ一つ。盆地における、山岳米の安定供給だ。俺が管理する『最高品質の種籾』と、クルスが浄化した『聖なる水』の使用を許可する」
それを聞いた部隊のリーダーが、震える声で尋ねた。
「……それは、噂に聞く……あの『米』でしょうか。本当に、我々が栽培を?」
(……リーダーか。いちいち名前を覚えるのも面倒だな。個体識別番号で十分だ)
サトオは鉄仮面の奥で小さく息を吐く。彼にとって、魔王軍の残党というリソースは、あくまで労働構成員に過ぎない。
「……お前、リーダーだったな。今日からお前は『ユニット01』だ。他の9名も同様に、02から10までの個体識別番号を割り振る。以後の業務報告は番号で行え」
「は、はい! ……カトウ様!」
「01、盆地の土壌数値を管理し、データは随時俺の指輪へリンクさせろ」
リーダー――いや、ユニット01は、その無機質な扱いに恐怖するどころか、むしろ「カトウ様に直接管理されている」という事実に戦慄するほどの歓喜を覚えていた。
「畏まりました! ユニット02以下、ただちに稼働を開始します!」
かつて大陸を震わせた魔王軍の兵站部隊は、サトオの手によって名前を奪われ、単なる「番号」という管理コードへと再編された。
彼らは泥にまみれながらも、カトウから与えられた役割に、魔王の旗印の下では得られなかった「合理的な目標」を見出していた。
(……これでいい。名前など、俺が呼びたくなった時に初めて意味を持つ)
サトオは、彼らを見下ろしながら淡々と告げる。
「ああ。俺のシステムに組み込まれた知識と、お前たちの技術があれば不可能はない。……食い物を軽視する組織に未来はない。俺と一緒に、至高の米を作れ」
サトオの言葉は、かつて魔王の旗印の下で飢えに耐えていた彼らの心に、戦意とは別の情熱を灯した。彼らは武器を捨て、農具を手に盆地へと飛び込んだ。
ゲートが閉じ、十名の精鋭たちが盆地に現れる。そこは、クルスのナビゲートにより、完璧な環境が整えられた理想郷だった。エレンが呆然とそれを見守る中、サトオは淡々と指示を飛ばす。
「配置完了。これより、この盆地は『食糧生産特区』とする。魔王軍の技術力はすべて農業へ転用せよ。……さあ、田植えの時間だ」
かつて大陸を震わせた魔王軍の兵站部隊が、泥にまみれながら鍬を振るう。その光景は、もはや魔王軍の面影など微塵も感じさせない、ただただ勤勉で高効率な農村の姿であった。
サトオは盆地の端で、その様子を満足げに見つめる。彼らにとって、魔王のためではなく「美味い米」のために働くことは、かつてないほど幸福な命令だったのかもしれない。
「……エレン、塩の準備はいいか? 今季は、最高の収穫が見込めそうだ」
「はい! サトオ様のおかげで、盆地が神聖な香りに包まれています……!」
盆地の空に、サトオの管理するゲートが静かに輝く。魔王軍の残党という最強の労働力を得たことで、サトオの「至高の日常」は、より強固なものへと昇華された。
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