第48章:草むしりのついでに、世界を救うな
汚水処理施設の地下に広がるのは、古びた倉庫などではなく、禍々しい紋様が刻まれた古代魔術と先代勇者の技術を融合させた魔導制御室だった。
かつての帝国貴族が「いざという時の切り札」として埋め込んだ、魔王軍の残党を召喚するための生体ゲート。それが今、バルドたちが触れた衝撃で、あろうことか起動シーケンスに入ってしまった。
「うおっ!? なんだこの光は! 宝か!?」
バルドが無邪気にゲートの中央にあるクリスタルを大剣で叩こうとする。カトウは、鉄仮面の下で盛大にため息をついた。
(……宝なわけがないだろう。構造を見れば一目でわかる。これは深淵の門扉だ。今、このクリスタルに衝撃を与えれば、街全体が魔獣の胃袋に放り込まれることになる)
「バルド、そこから離れろ。それはこの国にとって最大の害だ」
「あ? なんだこれ、ただの石ころじゃねえのか?」
バルドが耳を貸すより早く、ゲートから不気味な紫色の雷光が溢れ出した。地鳴りが響き、汚水施設の壁が亀裂と共に崩落する。地上では、街の住人たちが「また農耕の民が何かやったぞ!」と阿鼻叫喚の声を上げていた。
「……セリア。結界を張れ。このままじゃ、街が巻き込まれる」
「はいはい、わかってるわよ。……本当に、あんたといるとろくなことがないわね」
セリアが厭々といった風情で杖を振るう。彼女の闇魔法が、ゲートの魔力供給源を強引に遮断する空間結界を展開した。しかし、ゲートは止まらない。召喚されかけているのは、かつて勇者マサトが封印したとされる「門番の巨神」だ。
「……おいおい、マジかよ。こんなの、俺たちのパーティじゃ歯が立たねえぞ!」
ミアが青ざめ、レイが弓を構えるが、矢はゲートから漏れ出る重力圧に弾き飛ばされる。カトウは、もはや隠すことを諦めた。このままでは、今日用意した「草むしり道具」もろとも、自分たちの平穏が粉砕されてしまう。
「……エレン」
「はい、サトオ様!」
「そのモーニングスターを貸せ」
カトウはエレンから鉄球を受け取ると、無造作にそれをゲートのクリスタルに向けて振り下ろした。魔法も、剣技も使わない。ただ、クリスタルの振動周期――いわば「崩れる一点」を物理的に叩き割るだけの、単純な構造破壊。
――バキン。
ガラス細工を叩き割るような、あまりに軽やかな音が響いた。と同時に、カトウの亜空間の指輪に、煌びやかな粒子が吸い込まれていく。
「…¥@#&&#¥…!」
「亜空間の指輪を確認しました」
「深淵の門扉との統合を実施します」
「なに? ……あれ、気のせいか? なんとも無いな」
バルドは怪訝そうな顔で周囲を見渡したが、その異常な音と光は、カトウの意識下以外では何事もなかったかのように霧散していた。あれほど街を震わせていた大地震が、一瞬で活動を停止した。巨神の手が半分だけ現れたまま、虚空に溶けて消えていく。
「……え」
バルド、ミア、レイの三人は、ただ呆然と立ち尽くした。彼らの目には、カトウが「ただの錆びついた鉄球」で、大陸を滅ぼしかねない古代兵器を子供の玩具を壊したようにしか見えなかった。
「……おい、カトウ。お前、今、何をした?」
バルドの問いに、カトウはエレンから借りた鉄球を拭きながら、冷ややかに言い放つ。
「見ての通りだ。草むしりだよ。……不要な石ころが転がっていたからな。邪魔だったんだ」
カトウはそう言って、床に落ちていた「ただの草」を一株引き抜いた。
「……帰るぞ。腹が減った。今日は米が食いたい気分なんだ」
背を向けて歩き出すカトウの背中は、伝説の英雄よりも遥かに高く、そして理解不能なほど「ただの農家」だった。
「……前にさ、こんなトボけた台詞聞いたことあるんだけど」
残されたバルドたちは、目の前の壊れた古代兵器と、カトウの背中を交互に見つめ、確信した。
「……ミア、レイ。……あいつ、魔法剣士なんじゃないか?」
「ああ……分かってる。多分、極秘の任務かなんかだろう。あいつは……あいつは一体、何者なんだ……!」
ギルドへの帰り道、サトオは心の中で激しく後悔していた。
(……まずい。また勘違いを加速させてしまった。これじゃあ、また別の『英雄』の称号がついて回るじゃないか……!)
皮肉にも、その日の夕方、ベルンの街には「農耕の民が地下の魔神を『草むしり』で鎮圧した」という、あまりに支離滅裂な伝説が流布していた。
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