第41章:聖女を抱えて、泥沼の取引へ
第2部
「……言っておくけど、あのゲートは不安定よ。魔力の通り道を強引に繋いでいるだけだから。私がゲートを維持している間、サトオ、あんたに物理的に接触していないと接続が切れるわ」
セリアが鋭い視線で告げる。
ゲートは幅が狭く、安定性に欠ける。俺はクルスを肩に乗せ、セリアに背後からしがみついてもらうことで、魔力回路を維持できる体勢を作った。
「で、問題は聖女様か。……エレン、悪いが俺の背中に回ってくれるか?」
「え、ええ……! もちろん、喜んで……!」
エレンが背中にしがみつこうとするが、バランスが悪い。狭いゲートの中では重心の制御が命だ。
「ダメだ。……すまん、お姫様抱っこで行くぞ」
「ひゃうっ!?」
俺はエレンを抱き上げた。聖女としての重圧を背負ってきた彼女にとって、無造作に抱え上げられるという事実は、相当な衝撃だったらしい。
「動くなよ、ゲートが歪む。……セリア、いくぞ」
セリアが俺の背中に右手を添えた瞬間、闇が渦を巻き、視界がぐにゃりと反転した。
磁場の中を歩くような感覚の中、俺は三つの命を繋ぎ止める。
――カチリ。
三秒後、俺たちは商業都市「ベルン」の城門近く、路地裏に降り立った。
『情報偽装』を最大出力で稼働させる。俺は日焼けした職人、エレンは旅の修道女、セリアは気難しい少女へと姿を変えた。
「よし。目的は食事、日用雑貨の買い出し。それと当面の塩と保存食だ」
路地裏を一歩抜けると、そこは喧騒の極みだった。
石畳の上を馬車がひっきりなしに駆け抜け、市場の呼び込みが喉を枯らして安売りを叫んでいる。獣人の肉体労働者、ローブを羽織った魔術師、そして街を支配する商会の旗印を掲げた衛兵たち。
雑多な人種と、街特有の「金と欲」の匂いが鼻をつく。
「……すごい人ね。ルナンよりもずっと都会だわ」
エレンが目を丸くして周囲を見回す。その姿は、いかにも世間知らずな修道女そのものだ。
俺は彼女の肩を軽く叩き、低く警告する。
「セリア顔を上げすぎるな。俺たちはあくまで、仕事を求めて流れてきたしがない職人一行だ。……エレン、お前は少し疲れ気味の修道女でいろ。その清潔すぎるオーラが目立つんだよ」
「は、はい……! ご指示通りに」
エレンは慌ててフードを深く被り直し、俯く。
セリアはというと、街の活気には目もくれず、人混みを縫うように先を行く。気難しい少女という偽装演技は完璧だ。彼女の視線は、人ではなく「街の魔力の澱み」――商会が流す不正の残滓を追っている。
「サトオ、あっちよ」
セリアが顎でしゃくった先には、街の規模にそぐわないほど巨大な石造りの建物があった。
看板には『大商会ベルン』と刻まれている。この街の富のすべてを吸い上げ、そして裏で禁制品を流しているという、今日の俺たちの「狩場」だ。
俺は革袋の中でコインを鳴らし、わざとらしく大きく溜息をついた。
「よおし、一仕事するか。……腹を空かせた聖女様と、魔王の娘を養うための、泥沼の取引だ」
人混みに紛れ、俺たちは堂々と商会の正面入り口へと歩みを進めた。
行き交う人々は、俺たちの正体はおろか、俺たちが背負っている「災難」の規模など知る由もない。
俺はニヤリと口角を上げ、商会の重厚な扉に手をかけた。
「よし。目的は食事、日用雑貨の買い出し。それと当面の塩と保存食だ」
俺たちは迷わず、街で一番大きな商会へと足を踏み入れた。受付で分厚い革袋から金を出し、淀みなく注文を叩きつける。
「……それとだな」
俺は店内の片隅を指さした。
「あれは何だ? きったねぇな。他の客の迷惑だろう。……俺が廃棄してやろうか?」
俺が指さしたのは、冒険者が買いに来るような品ではない。今しがた処分されようとしていた、埃を被った廃棄在庫の山だった。
受付嬢が困惑して奥へ引っ込む。直後、腹の出た初老の商会長が飛び出してきた。
「おい、待て! お前さん、どこの職人だ!? それは『価値なし』として処分が決まったゴミだぞ。漁るような乞食を相手にするほど、うちは暇じゃない!」
だが、俺は肩に潜むクルスの『千里眼』と同期し、この商会の「帳簿の裏側」を瞬時に解析していた。
(なるほど。禁制品の処理で頭を抱えているわけか。……いい餌場だ)
俺はニヤリと笑い、商会長の耳元で小声で囁いた。
「商会長。そのゴミ、少々やばい代物じゃないか? 俺には見えているんだが」
「……この『邪悪な在庫』、全部まとめて引き取ってやろうか?」
指を三本突き出す。
「……はぁ? 金貨30枚だと? 買い取る側が要求する金額か、それは」
「……これだけのお荷物を片付けてやるんだ。礼金をもらうのはこちらの方だろう?」
「なっ……!?」
俺はニヤリと笑い、さらに畳み掛ける。
「あんたの帳簿にある『あの件』――帝国の役人に報告すれば、商会ごとお取り潰しになるようなブツだろ? ……どうする? 倉庫を占領している『負債』、今すぐ全て引き取ってやる。ついでに、その湿気た高級種籾の山も買い取ってやってもいいぞ。格安でな」
「なんでそれを知っている……」
商会長の顔から血の気が引く。その表情を見て、俺は確信した。勝負はついた。




