第38章:魔王の娘の便利屋事情と密輸
第2部
「セリア、ちょっと聞きたいんだが……」
俺は隣で平野を眺めていたセリアに声をかけた。
「お前の闇魔法か空間系の魔術で、あの山脈を無視して、帝国の辺境とこの盆地を繋ぐ『隠し通路』みたいなゲートって作れたりするか?」
俺の突拍子もない提案に、セリアは呆れたようにジト目を向け、ふんと鼻を鳴らした。
「ハァ? あんた、私のこと魔王の娘だからって、なんでも出来る便利屋だと思ってる? 普通、二つの国を跨ぐような長距離転移門なんて、国家予算レベルの魔石と大魔導師の儀式が必要なのよ」
「いや、やっぱり無理か……」
「――まぁ、あのトカゲが映している地脈の隙間を通り道にするくらいなら、ただの洞窟と変わらないから簡単だけどね」
セリアは不敵にニヤリと笑うと、細い指先をパチンと鳴らした。
その瞬間、クルスが指差した山脈の麓がぐにゃりと泥のように歪み、大人が一人通れるほどの漆黒の『闇の穴』が口を開けた。
「私の闇で空間の壁を薄くして、固定しておいたわ。これなら、あんたの魔力を鍵にして、帝国の山裾とこの盆地を一瞬で行き来できる。……ただし、往来できるのはあんたに物理的に触れている人間だけよ」
「……完璧すぎる。ありがとう、セリア」
セリアがわざとらしくそっぽを向いて、少し赤い耳を隠すように髪を耳にかけた。
「べ、別に。私が早く美味しいものを食べたいからよ」
その言い方は、まるで「あんたのために協力してやったんじゃない」という言い訳そのものだ。
俺がニヤリと笑うと、セリアは一層顔を赤らめ、俺の背中をバシッと叩いた。
「な、何よ! その気色悪い笑い方は!」
「いや、ただの食いしん坊なんだなって思ってな」
ぷいっと顔を背けるセリア。魔王の娘を完全に調達ルートの生命線として活用してしまったが、これで懸念だった「必需品の調達」と「帝国の往来」はクリアされた。
すると、後ろでこのやり取りをじっと見ていたエレンが、大粒の涙を流しながら両手を胸の前でがっちりと組んだ。
「……サトオ様、やはり貴方は恐ろしいお方です……!」
「えっ、なんで?」
「魔王の力を手駒にして、国家間の『密輸ルート』を瞬時に構築されるなんて……! 表の歴史から姿を消し、今度は裏から大陸の経済を支配するおつもりなのですね!?」
「違う。俺はただ、食材と鍋を買いに行きたいだけなんだ」
必死の弁明も、狂信的な聖女の耳には「深遠なる英雄の謙遜」としか聞こえないようだった。
「よし、方針は決まった! まずは今日寝るためのログハウスの骨組みを作って、夜になったら調達作戦を決行するぞ!」
大国が英雄の行方を追って血眼になっている裏で、俺たちは山脈の「密輸ルート」を隠れ蓑にした、極めて小規模で平和な「買い出しの準備」を始めた。




