第4章:安らぎの夜と、動き出す計画
第4章:安らぎの夜と、動き出す計画
ギルドでの登録を終えた俺は、まずは身なりを整えるべく、適当に街をぶらついて一つの屋台の前で足を止めた。香ばしい匂いに誘われて串焼きを一つ注文し、店主に声をかける。
「頼む。あと、この街で初心者が立ち寄るような古着屋か雑貨屋を教えてもらえると助かるんだが」
「毎度あり! 古着や日用品なら、ここを出て東の通りにある『ドノバンの店』が良いぜ。頑固なオヤジの鍛冶屋だが、雑貨も安くて掘り出し物が多いよ」
教えてもらった通り、すぐさまドノバンの店へと向かった。
そこでこの世界で浮かないための旅装――一般的な麻のシャツと丈夫なズボン、革のブーツを購入する。支払いは銀貨3枚と銅貨数枚。日本から着てきた現代の服は、すべてその場で『亜空間の指輪』の中へと格納した。
これで外見は、どこにでもいる「駆け出しの青年冒険者」そのものだ。
次に向かうのは、ギルドの受付嬢から勧められた宿だ。
紹介された東街区を歩くと、小綺麗な木造二階建ての建物が見えてきた。看板には跳ねる馬の絵――『跳ね馬の蹄亭』。
重い扉を開けると、ギルドの喧騒とは打って変わって、出汁の利いた温かいスープの香りが鼻腔をくすぐった。
「いらっしゃい! お食事かい? それともお泊まり?」
カウンターの奥から声をかけてきたのは、エプロン姿の快活そうな少女だった。栗色の髪を一つに結い、きびきびとグラスを拭いている。彼女が受付嬢の言っていた「ミーシャ」だろう。
「あ、宿泊で。ギルドの紹介状を持ってきました」
「わ、紹介状だね! ありがとう。……うん、確かに。じゃあ一泊食事付きで銅貨8枚ね。何泊していく?」
物価の基準が一つ見えた。銅貨1枚は現代の感覚でいえば約1000円程度といったところか。
「とりあえず、5泊分でお願いします」
懐から銅貨40枚を出して支払う。ミーシャはそれを器用に数えると、人懐っこい笑みを浮かべて部屋の鍵を渡してくれた。
「毎度あり! 私はミーシャ。困ったことがあったら何でも言ってね。今夜のご飯はもうすぐできるから、お部屋に荷物を置いたら一階に降りてきて!」
「ありがとう、ミーシャ。俺はサトオ。よろしく」
手渡された鍵を手に二階へ上がる。あてがわれた部屋は、簡素なベッドと木製の机、椅子があるだけの小さな空間だったが、掃除が隅々まで行き届いていて、異邦人の俺にとって信じられないほど居心地が良かった。
ドサリ、とベッドに倒れ込む。
(……はぁ。やっと、一息つけるな)
異世界に放り出されてからずっと張り詰めていた緊張の糸が、ようやく緩んでいく。
一階から上がってくる美味しそうな匂いに誘われ、下の食堂へと降りた。ミーシャたちが作った温かいシチューと黒パンを平らげる。五臓六腑に染み渡る現地の家庭料理の味に、胸の奥の寂しさが少しずつ溶けていくのを感じた。
部屋に戻り、硬めのベッドに寝転がって天井を見つめる。
(さて。これからどうするか、だな……)
目を閉じ、今後の行動を静かに思考する。
指輪の中には先代勇者様の遺産があるから、お金のために無理な残業やブラックな労働をする必要は一切ない。それは本当に大きなアドバンテージだ。
だが、俺の中にある勇者の力は、ただ普通に腕を振るうだけで周囲を消し飛ばしかねない爆弾みたいなものだ。
(明日からは、ギルドの裏手で拾ったあの『鉄の棒』を使って、徹底的な手加減の練習だ。一般人のフリをして、この世界に馴染む。それが最優先だな)
まずは明日、美味い朝飯を食ってから詳しい計画を練ろう。そう決めると、心地よい疲労感と共に、俺は深い眠りへと落ちていった。
――翌朝。小鳥のさえずりと、窓から差し込む暖かな朝光で目が覚めた。
驚くほど頭がすっきりしている。すでに支給された旅装には着替えてある。一階へ降りると、食堂にはすでに数人の宿泊客がおり、ミーシャが焼き立ての干し魚と温かいスープを運んでいた。
「あ、サトオ、おはよう! ちょうど朝ご飯できてるよ!」
「おはよう、ミーシャ。いただきます」
席につき、用意された朝食を口に運ぶ。スープの程よい塩気と、香ばしく焼かれた魚の旨味が口いっぱいに広がり、身体が完全に覚醒していく。
朝食を味わい、お腹を満たしたところで、俺は机の上にギルドで貰った街の地図を広げた。
(よし。ブレないように、今日の計画を組み立てよう)
まずは、昨日街に入る前に目をつけた、西の草原のさらに奥――人目のつかない森の境界あたりへ向かう。そこを当面の「訓練場」にする。
やるべきことはシンプルだ。
あの不格好な鉄の棒を使い、ホーンラビットのような小型の魔物を「消し飛ばさずに、気絶させるか、原型を留めたまま仕留める」ための力加減の極意を掴むこと。これに尽きる。
(よし、方向性は決まった。焦る必要はない。今日から一歩ずつ、この世界での『普通の日常』を作っていくぞ)
地図を丁寧に畳んで懐にしまい、腰に武骨な鉄の棒を下げて、俺は宿の扉へと手をかけた。
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