第34章:土色の聖獣、目覚めの時
聖騎士団を跡形もなく壊滅させた、森の奥深く。
エレンに導かれ、俺たちは巨大な岩盤をくり抜いた隠し洞窟へと足を踏み入れた。
湿った空気の中に、かすかに残る古びた魔力の気配。だがそれは、今の法皇国が放つ毒々しい魔力とは違う。もっと穏やかで、どこか懐かしい――「かつての英雄」の匂いだった。
「……ここが、私の隠れ家です。そして、あの方が三十年もの間、世界から守り続けてくれた場所でもあります」
エレンが掲げた松明の炎が揺れ、洞窟の最深部に巨大な「岩の塊」を浮かび上がらせた。
かつては美しい白銀の鱗を纏っていたであろう、伝説の聖獣――白銀龍のクルス。しかし、今の姿はあまりに無惨だった。神々しい輝きは完全に失われ、皮膚は不毛な土色に変色し、水分を失って干からびた姿で、まるでただの岩山の一部のように佇んでいる。
「クルス……」
エレンは干からびた龍の鼻先にそっと触れた。その指先は小さく震えている。
「三十年前のあの日から、ずっとこの姿のままなんです。マサト様が亡くなったショックで、クルスは自ら魔力を完全に遮断しました。主を失った龍は、その魂の器を維持することすらままならず……こうして、ただ時間を止めることしかできなかった」
俺はクルスの前に歩み寄った。
よく見れば、その体はかつての威厳ある巨体から縮んでしまい、今は小型犬ほどの小さく干からびた塊となって、折れた翼を背中に隠すように丸まっている。かつて勇者を乗せて大空を駆けた翼は枯れ木のように折れ、その瞳は光を宿すことのない灰色の石のようだった。
――ドクン。
俺の中にある勇者の力――マサトの遺産が、この干からびた龍に呼応して、胸の奥で鈍く脈打ち始める。
『鑑定:白銀龍クルス(幼体化・石化進行中)。生命活動停止寸前。魂の核は辛うじて生存。――勇者の魔力による“再契約”および“魔力回路の修復”がなければ、数日以内に完全な石塊と化す』
なるほど。これはもう、ただの魔獣じゃない。
三十年間、主の死を悼み、その遺された歴史を守るために、死に絶えることすら拒んで自分を殺し続けてきた――ひどく「頑固な守護者」だ。
その時、俺の左手の指で、先代勇者マサトから受け継いだあの青い宝石――『亜空間の指輪』が、かつてないほど眩い光を放ち、激しく輝き始めた。溢れ出した鮮やかな青の光の粒子が、導かれるようにみるみるクルスへと流れ込んでいく。
「……なっ、なんだ? ――ああ、そういうことか。お前もこいつを待ってたんだな」
俺は重たいハンマーを傍らに置き、指輪を嵌めた左手の掌を、小さく変色した龍の額へと静かに当てた。
俺の魔力が、指輪を通じて干からびた龍の体内へと流れ込む。それは傷を癒やす慈雨のようでもあり、完全に錆び付いた巨大な歯車を強引に回転させるような、圧倒的な荒々しさもあった。
「起きろ、クルス。マサトはもういない。だが、お前が三十年間守り続けてきた『歴史の続き』を、今から俺たちでひっくり返しに行くぞ」
洞窟の奥で、カチリと運命の歯車が噛み合う音が響いた。
土色にひび割れていた皮膚が、パキパキと音を立てて剥がれ落ちていく。その剥落した隙間から、微かだが、しかし圧倒的に力強い銀色の輝きが漏れ出し始めた。
眠り続けていた小さな守護者が、三十年の時を超えて、再びその瞳を開こうとしていた。
面白ければ、ブックマーク、評価をお願いします。




