第33章:鉄鎚の音色、重なる背中
ささやきの森を包囲するように展開していた、レムリア法皇国聖騎士団の魔導陣地。その中心に立つのは、黄金の装甲を纏った指揮官と、不気味な重低音の唸りを上げる魔導兵器の群れだ。
「聖女エレンを確保せよ。……抵抗する者は『不都合な異端』として即座に消去する」
冷酷な宣告が響いた瞬間、エレンの視界の中で世界の彩度が静かに変わった。
サトオが静かに歩みを進める。その背中が、数十年前――魔王城の玉座の間で見た、あの誰よりも頼もしく、そして誰よりも孤独だった『マサト』の背中と鮮烈に重なったからだ。
『鑑定:防壁の基点は三点。中央の魔導核との接続が不完全。――脆い』
サトオが低く呟く。マサトもそうだった。戦場に立つ直前、いつも呆れるほど冷静に敵の弱点を見抜いていた。
サトオが地を蹴って駆ける。その圧倒的な速度、無駄のない力の込め方、そしてハンマーを握る指先のわずかな動きまでもが、エレンの記憶に焼き付いている「勇者」のそれと完全に一致していた。
――ズドンッ!
豪快な一撃。
聖騎士団が誇る最高峰の防御結界が、サトオの放ったハンマーが触れた一点から、まるで乾いた砂の城のようにサラサラと崩れ落ちていく。
「なっ……我が団の誇る魔結界が、ただの物理攻撃で崩壊しただと!? ありえん、そんな馬鹿なことが!」
指揮官の絶叫は、今のエレンの耳にはひどく遠く響いていた。彼女はただ、呆然とサトオの戦う姿を網膜に焼き付け、追い続けていた。
魔法を魔法で打ち消すのではない。魔法を構成する術式そのものを、物理的な振動で「解体」していく。マサトもかつて笑いながら言っていた。『魔法なんてのは、複雑に組まれた手品に過ぎない。タネさえ見抜けば、あとはただの壊れやすいガラクタだ』と。
「次は、そのデカぶつの動力源だ」
サトオは重力を無視するように宙を舞い、魔導兵器の心臓部を的確に叩き潰していく。
それはかつて、世界を救うために魔王軍の堅牢な要塞をたった一人で破壊し尽くした、あの伝説の勇者の戦い方そのものだった。
エレンの目から、熱い涙がこぼれ落ちる。
マサトは死んだ。身勝手な歴史の闇によって「反逆者」の汚名を着せられ、消し去られた。だからこそ、自分は二度と同じ過ちを繰り返さないと、心を殺して生きてきたはずだったのに。
それなのに、今、目の前で圧倒的な暴威を振るっている男は、マサトが持っていたはずの「世界への不器用な優しさ」と、「目的のために手段を選ばないシビアさ」の両方を、完璧なまでに体現している。
「……マサト、様……?」
エレンの震える呟きに、隣に佇んでいたセリアが小さく溜息をついた。
「残念だけど違うわよ、エレン。彼はあの『勇者』なんかじゃない。もっと面倒くさがりで、もっと頑固で……ただの、どうしようもないお人好しよ」
セリアの言葉には、どこか慈しむような、それでいて少しだけ寂しげな響きがあった。彼女もまた、サトオの背中に「かつて世界を変えようとした何か」を感じ取っているのかもしれない。
サトオは砕け散った瓦礫の真ん中に立ち、最後の一撃で指揮官の魔導剣を容易く叩き折った。
森に、しんとした静寂が戻る。サトオは黒鉄のハンマーを無造作に肩に担ぎ直すと、静まり返った森をぐるりと見回した。
「さて、これで追っ手は当分来ないだろう。エレン、次はどっちだ。この『法皇の瞳』を使い潰してでも、あの国を引っ繰り返す必要があるんだろう?」
振り返ったサトオの顔には、かつてマサトが見せていた「完璧な救世主の笑み」など欠片もなかった。あるのは、厄介事に巻き込まれたことへの隠しきれない苛立ちと、それでも見捨てておけないサトオ特有の、ぶっきらぼうな誠実さだけだ。
エレンはその顔を見て、胸の奥でようやく確信した。
彼はマサトではない。しかし、マサトがこの世界に遺していった「明日を救うという意思」を、誰よりも強く受け継いでしまった――新しい『守護者』なのだと。
「……はい。サトオ様」
エレンは涙を乱暴に拭い、力強く頷いた。もう迷わない。この男の背中を追うことが、今度こそこの歪んだ世界を正しく書き換えるための道だと信じて。
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