表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
27/54

第27章:昇格の代償、華やかなる災厄

 豪華絢爛なシャンデリアの下、俺は慣れないタキシードの窮屈さに耐えながら立っていた。隣では、ドレス姿のエレナが誇らしげに俺の腕を組んでいる。


「ほら、背筋を伸ばして。……国王陛下がお見えになられたわ。堂々としていて!」


 会場中の貴族たちの視線が、一斉に俺たちへと集まる。


 ――その時だった。会場の華やかな空気が、一瞬にしてピリリと凍りついた。


 晩餐会の厳重な警備をすり抜けて侵入してきた、不気味な黒い影が数体。……魔素汚染の影響で理性を失い、凶暴化したダンジョンの怪物の群れが、あろうことかこの絢爛な会場にまで紛れ込んでいたのだ。


「悲鳴!? 警備隊は何をしているの!?」


 会場が瞬く間にパニックに陥る中、隣のエレナが俺の背中をポンと押した。


「ほら、サトオ! 英雄として、これ以上ない最高の舞台が整ったわよ!」


「……ああ、もう。本当に目立つのはごめんなんだがな」


 会場が悲鳴と混乱の渦に飲み込まれる中、俺の思考だけは極めて冷静だった。


 二匹の怪物が鋭い爪を剥き出しにし、あろうことか会場の中央にいた第二王女へと一直線に飛びかかる。


「キャアアアアッ!?」


 周囲の近衛騎士たちが恐怖で凍りつく中、俺は考えるよりも先に地面を蹴っていた。


 タキシードの仕立てなど関係ない。弾丸のような速度で会場を横切り、王女の目前へと割り込む。


 ガッ!


 俺の放った鋭い回し蹴りが空を切り、先頭を走っていた怪物の頭部を正確に捉えた。鈍い破裂音と共に目に見えない衝撃波が走り、怪物は大理石の床を滑るように勢いよく弾き飛ばされ、壁へと叩きつけられる。


 着地と同時に、残る一匹が狂暴な牙を剥いて肉薄してきた。俺はその巨体を最小限のステップで紙一重にかわすと、空中で反転。叩きつけるような一閃の踵落としを、その頭頂部へと容赦なく叩き込んだ。


 ズドン……!


 床にひび割れが走り、怪物は一瞬で意識を刈り取られて沈黙する。


「な、なんて速さだ……! 剣も持たずに、一体……」


 周囲の騎士が呆然と呟く中、俺の視界の端で、さらなる凶行が起きようとしていた。


 少し離れた場所で、パニックを起こして逃げ遅れた貴族令嬢――会場の華とも言える令嬢の一人に、三匹目の怪物が背後から爪を振り下ろそうとしていたのだ。


「っ……!」


 距離がある。物理的に足では間に合わない。


 だが、俺は近くのテーブルにあった食事用のナイフを、迷いなく指先ですくい上げた。手首のスナップだけで、それを無造作に放つ。


 空を裂く、鋭い風切り音。


 螺旋を描いて弾丸のごとく飛翔したナイフは、怯える令嬢の耳元を寸分違わぬ精度でかすめ、完璧な軌道で怪物の喉元へと深く突き刺さった。


 グギャッ、と短い断末魔を鳴らし、怪物は令嬢の目の前で盛大に地面へと転がった。


 会場は、水を打ったようにシンと静まり返る。


 タキシードを少し着崩し、静かに残心をとる俺の姿を、王女も、令嬢も、そしてすべての貴族たちも、ただ言葉を失って見つめていた。


「……ふう」


 俺は小さく溜息をつき、首元を締め付けていたネクタイを静かに緩める。


 英雄として称賛を浴びたいわけじゃない。ただ、目の前で誰かが死ぬのを黙って見ていられなかっただけだ。だが――。


「さ、サトオ様……? 今の動き、一体……」


 エレナが信じられないものを見るように、震える声で俺を見つめている。


 やってしまった。またしても、しがないBランク冒険者には程遠い、歴史に名を残すレベルの「華麗な英雄の証明」を全世界に生中継で見せつけてしまったらしい。


 会場の影の中から、セリアがニヤニヤと心底楽しげな視線を投げかけてくる。


(……最悪だ)


 今日のパーティが終わった後、俺のもとにどれほどの厄介事と勧誘が舞い込んでくるか、想像するだけで胃に穴が空きそうだ。


 静寂を破るように、救われた第二王女が震える足取りでこちらへ歩み寄ってくる。彼女の瞳には、命の恩人への恐れと同時に、抗いがたい熱を帯びた「英雄への憧憬」が宿っていた。


 俺の望んだ静かな隠遁生活は、今この瞬間をもって、完全に音を立てて崩壊したらしい。


面白ければ、ブックマーク、評価をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ