第27章:昇格の代償、華やかなる災厄
豪華絢爛なシャンデリアの下、俺は慣れないタキシードの窮屈さに耐えながら立っていた。隣では、ドレス姿のエレナが誇らしげに俺の腕を組んでいる。
「ほら、背筋を伸ばして。……国王陛下がお見えになられたわ。堂々としていて!」
会場中の貴族たちの視線が、一斉に俺たちへと集まる。
――その時だった。会場の華やかな空気が、一瞬にしてピリリと凍りついた。
晩餐会の厳重な警備をすり抜けて侵入してきた、不気味な黒い影が数体。……魔素汚染の影響で理性を失い、凶暴化したダンジョンの怪物の群れが、あろうことかこの絢爛な会場にまで紛れ込んでいたのだ。
「悲鳴!? 警備隊は何をしているの!?」
会場が瞬く間にパニックに陥る中、隣のエレナが俺の背中をポンと押した。
「ほら、サトオ! 英雄として、これ以上ない最高の舞台が整ったわよ!」
「……ああ、もう。本当に目立つのはごめんなんだがな」
会場が悲鳴と混乱の渦に飲み込まれる中、俺の思考だけは極めて冷静だった。
二匹の怪物が鋭い爪を剥き出しにし、あろうことか会場の中央にいた第二王女へと一直線に飛びかかる。
「キャアアアアッ!?」
周囲の近衛騎士たちが恐怖で凍りつく中、俺は考えるよりも先に地面を蹴っていた。
タキシードの仕立てなど関係ない。弾丸のような速度で会場を横切り、王女の目前へと割り込む。
ガッ!
俺の放った鋭い回し蹴りが空を切り、先頭を走っていた怪物の頭部を正確に捉えた。鈍い破裂音と共に目に見えない衝撃波が走り、怪物は大理石の床を滑るように勢いよく弾き飛ばされ、壁へと叩きつけられる。
着地と同時に、残る一匹が狂暴な牙を剥いて肉薄してきた。俺はその巨体を最小限のステップで紙一重にかわすと、空中で反転。叩きつけるような一閃の踵落としを、その頭頂部へと容赦なく叩き込んだ。
ズドン……!
床にひび割れが走り、怪物は一瞬で意識を刈り取られて沈黙する。
「な、なんて速さだ……! 剣も持たずに、一体……」
周囲の騎士が呆然と呟く中、俺の視界の端で、さらなる凶行が起きようとしていた。
少し離れた場所で、パニックを起こして逃げ遅れた貴族令嬢――会場の華とも言える令嬢の一人に、三匹目の怪物が背後から爪を振り下ろそうとしていたのだ。
「っ……!」
距離がある。物理的に足では間に合わない。
だが、俺は近くのテーブルにあった食事用のナイフを、迷いなく指先ですくい上げた。手首のスナップだけで、それを無造作に放つ。
空を裂く、鋭い風切り音。
螺旋を描いて弾丸のごとく飛翔したナイフは、怯える令嬢の耳元を寸分違わぬ精度でかすめ、完璧な軌道で怪物の喉元へと深く突き刺さった。
グギャッ、と短い断末魔を鳴らし、怪物は令嬢の目の前で盛大に地面へと転がった。
会場は、水を打ったようにシンと静まり返る。
タキシードを少し着崩し、静かに残心をとる俺の姿を、王女も、令嬢も、そしてすべての貴族たちも、ただ言葉を失って見つめていた。
「……ふう」
俺は小さく溜息をつき、首元を締め付けていたネクタイを静かに緩める。
英雄として称賛を浴びたいわけじゃない。ただ、目の前で誰かが死ぬのを黙って見ていられなかっただけだ。だが――。
「さ、サトオ様……? 今の動き、一体……」
エレナが信じられないものを見るように、震える声で俺を見つめている。
やってしまった。またしても、しがないBランク冒険者には程遠い、歴史に名を残すレベルの「華麗な英雄の証明」を全世界に生中継で見せつけてしまったらしい。
会場の影の中から、セリアがニヤニヤと心底楽しげな視線を投げかけてくる。
(……最悪だ)
今日のパーティが終わった後、俺のもとにどれほどの厄介事と勧誘が舞い込んでくるか、想像するだけで胃に穴が空きそうだ。
静寂を破るように、救われた第二王女が震える足取りでこちらへ歩み寄ってくる。彼女の瞳には、命の恩人への恐れと同時に、抗いがたい熱を帯びた「英雄への憧憬」が宿っていた。
俺の望んだ静かな隠遁生活は、今この瞬間をもって、完全に音を立てて崩壊したらしい。
面白ければ、ブックマーク、評価をお願いします。




