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第26章:Fランクの限界、そして昇格の罠

 サトオが一人で『岩喰い(ロックイーター)』の群れを全滅させたという報せは、瞬く間に聖都のギルドを駆け巡った。


 冒険者ギルドの会議室。受付嬢とギルドマスターが、机の上に広げられた報告書を前に頭を抱えて唸っている。


「……ロックイーターの群れを、わずか数分で? しかも、商会の執事が言うには『高位魔法の痕跡はなく、ただ地形の共鳴を利用しただけ』だと?」


「Fランクのサトオさん、ね……。ガッロ商会のお嬢様のスパルタ教育のおかげで才能が開花したのか、それとも最初から実力を隠していたのか……」


 ギルド側は極度の困惑に陥っていた。


 これほどの規格外の実力が明るみに出た以上、彼を最底辺のFランクに放置しておくことは、ギルドの戦力査定において「重大な怠慢」とみなされかねない。かといって、いきなり「英雄」として祭り上げるには本部の承認や厳格な適性試験が必要になる。


「……とにかく、彼をこのまま野放しにしておくわけにはいきません。早急にランクを引き上げて、正式な『高ランク冒険者』としてギルドの管理下に置くしかないわ」


 翌日。


 俺がギルドの掲示板前で、いつものように目立たない少額の雑用依頼を請けようとしていると、受付嬢が真っ青な顔をして俺の腕を掴み、そのまま奥の個室へと引きずり込んだ。


「サトオさん! 今日から貴方は……特例措置により、一足飛びで『Bランク』に強制昇格です!」


「はぁ!?」


 俺は思わず大声を上げた。


 平穏な隠遁生活を維持するため、あえて誰の目にも留まらない最低ランクで慎重に生きてきたというのに、その唯一の防御壁が、ギルド側の都合で強引に剥がされてしまったのだ。


「そんなの拒否する! 俺はただのしがないFランクだ。Bランクが受けるような命がけの激務なんて、俺にこなせるわけないだろ!」


「そう言われましても! ロックイーターの一件で、貴方の異常な実力はすでに白日の下に晒されてしまったんです! このままあなたがFランクの雑用依頼を受け続けていたら、他の新人冒険者たちが『サトオが俺たちの小遣い稼ぎを横取りしている』って暴動を起こしかねません!」


 受付嬢と押し問答を繰り広げていると、タイミングを見計らったかのように、バァン!と勢いよく扉を蹴り開けてエレナが飛び込んできた。


「当然よ! 貴方のような本物の英雄が、いつまでもFランクで甘んじているなんて、私の誇りが許さないわ!」


 エレナはすでにギルドマスターと話をつけ終えていたらしい。有無を言わせぬ態度で、俺の胸元に新調された重厚なギルド証――Bランクの証である輝く銀のプレートを突きつけてきた。


「これからは我がガッロ商会の専属冒険者として、私が貴方の仕事内容をすべてプロデュースして差し上げます。まずは、近隣諸国の視察旅行と、有力貴族たちの晩餐会への警護任務からね!」


「……全部、一番目立って一番面倒な仕事じゃないか」


 俺は心底絶望した。


 静かに、誰の記憶にも残らずに暮らしたいという俺のささやかな願いは、エレナの『英雄再起プロジェクト』と、ギルドの『管理責任』という二つの巨大な歯車に噛み砕かれ、より派手で華やかな表舞台へと強制的に押し上げられようとしていた。


 その様子を背後で見守っていたセリアが、フードの奥で悪戯っぽく唇を歪める。


「あらあら、サトオ。不本意なランクアップ、おめでとう。これで貴方は名実ともに『世界中から注目されるべき男』に一歩近づいたわけね?」


 俺は新しく支給された、やたらと重みを感じる銀のギルド証を握りしめ、天を仰いだ。


 ただの平凡な冒険者であることを証明しようと足掻いた結果、逆に「絶対にこいつを隠遁させない」という周囲の意思をガチガチに固めてしまったらしい。

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