第25章:ただの冒険者、その証明
「商会が抱えている問題だと? ならば丁度いい。……北の廃坑に巣食う、あの『岩喰い(ロックイーター)』の群れを駆除してこい」
老執事が突きつけてきたのは、ガッロ商会が採掘権を持つ鉱山の稼働を完全に停止させている、最悪に厄介な魔獣の討伐依頼だった。これまで何組もの腕利き冒険者が挑み、ことごとく惨敗して撤退した曰く付きの場所だ。
「それを今日中に……いえ、日没までに片付けてくるがいい。それができれば、貴殿を『ただの手際がいい便利屋』として認めよう」
執事の目はどこまでも冷ややかだった。「できるはずがない」という絶対の確信がそこにはある。
あまりの無理難題に、エレナが顔を青くした。
「執事! それはあまりに無茶よ! いくら彼でも、あの悪名高い群れをわずか数時間でだなんて……!」
「お嬢様。これに失敗すれば、彼はただの虚言癖のある法螺吹きです。即座に商会から追放すべきでしょう」
俺は執事の言葉を片手で遮り、腰のハンマーの柄を軽く握り直した。
「……日没までだな。分かった。一人で十分だ」
俺は迷わず北の廃坑へと向かった。
後ろからセリアが「あらあら、また面倒なことになって。ねえ、私が一瞬で消し飛ばしてあげようか?」と楽しげに追いかけてくるが、俺は首を横に振る。
廃坑の奥底。そこには、鉱石を主食とする硬質な外殻を持った巨大な岩喰いたちが、隙間なく壁や天井を埋め尽くしていた。
普通の冒険者なら、その圧倒的な数と物理攻撃を通さない防御力に絶望するだろう。だが、前世で凶悪な魔王軍を相手にしてきた俺にとっては、オークの群れを捌くよりも遥かに単純な引き算の作業だ。
俺はハンマーを派手に振るう……のではなく、まずは鉱脈の『急所』を見極め、指先でコンコンと岩壁を叩いた。
「ここか。……振動の伝導率が一番高いポイントは」
魔力を最小限にコントロールし、ピンポイントでその一点へ重低音の一撃を叩き込む。
派手な爆破呪文も、凄まじい雷光もない。ただの「小さな衝撃」だ。しかし、それが岩壁内部の共鳴を誘発し、連鎖的な大崩落を引き起こした。
地響きと共に岩喰いたちの足場がごっそりと崩れ去り、奴らは自重と瓦礫によって勝手に潰れていく。俺はただ、崩落する岩の隙間をのんびりと縫うように歩き、動けなくなった奴らの殻の継ぎ目を、最低限の力で小突いて回るだけだった。
英雄の超絶剣技でも、大魔法でもない。ただの「地形を利用した、効率的な駆除」。これならどこからどう見ても、ただの知恵の回る冒険者の仕事に見えるはずだ。
――日没の遥か前。
俺は商会の門を叩き、応接室に戻ると、呆然と佇む執事の前に魔獣の核を一つだけポンと置いた。
「依頼達成だ。……さて、これでもまだ、俺が『只者ではない怪物』に見えるか?」
執事は、この世の有り得ざるものを見る目で、俺の無傷の姿と、門の向こうに積み上げられた魔獣の残骸を交互に見つめていた。
「……一人で、この短時間で、それも無傷だと……? 貴様、一体どんな手品を……」
俺は深く溜息をつき、やれやれと肩をすくめる。
「だから、俺はただの冒険者だ。……無駄な動きをしない、ただのな」
その光景を後ろから見ていたエレナは、さらに瞳をキラキラと輝かせ、胸元で両手をぎゅっと組んでいる。
一方で、老執事の顔からは疑惑が完全に消え去り――代わりに、底知れぬ未知への「畏怖」が浮かんでいた。
(……おい、待て。なんでそうなる)
俺の狙い通り、不審者としての疑いは晴れた……はずなのに。なぜか今度は「畏怖」という名の分厚い壁が、俺の周りに高く積み上げられていくのを感じていた。
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