第24章:隠された牙、揺らぐ仮面
エレナによる『英雄再起プロジェクト』は、着実に街中の注目を集め始めていた。
だが、その熱心さが度を越した結果、皮肉にもギルドとガッロ商会の内部で、サトオに対する「不審な疑念」が芽生え始める。
ギルドの受付嬢は、溜息をつきながら手元の書類をめくった。
「サトオさんね……。しがないFランク冒険者にしては、最近のガッロ商会への出入り回数と、エレナお嬢様からの『特別待遇』が異常ですわ」
エレナはサトオを理想の英雄として仕立て上げるため、商会の上質な高級備品を惜しみなく提供し、果ては私設の護衛まで同行させていた。しかし、それがかえって「ただのFランクに、なぜそこまでの特権を?」という周囲の勘繰りを生んでしまったのだ。
その頃、商会の奥にある応接室では、エレナがサトオに最新の礼法を叩き込んでいた。
「いい? 英雄たるもの、歩く時も重心を常に一定に保つのよ。そう、貴方のその……オークを屠った時の、あの無駄のない神速の足運びのように!」
「だから、あれはオークを狩る時だけの、ただの泥臭い動きだってば……」
俺が困り果てていると、重々しく扉を叩く音が響いた。
現れたのは、ガッロ商会の筆頭執事である老人だった。その鋭い眼差しが、俺の立ち姿と、エレナの入れ込みようを交互に値踏みする。
「お嬢様、少々よろしいでしょうか。サトオ殿の……その、何と申しますか、『不自然なまでの力量』について、少々ご報告がございます」
執事は冷徹な口調のまま、俺へ視線を移した。
「昨日、サトオ殿が商会の庭で軽く素振りをされた際、落ちていた木の枝が、刃物も使わずに『切断』されておりました。あのような鋭い衝撃波を伴う太刀筋、とてもFランクの冒険者に可能な芸当とは思えません。……貴方は、一体どこの何者なのですか?」
心臓がドクリと跳ねる。
背後でセリアが俺の肩に指先を置き、楽しそうにクスクスと様子を窺っているのが分かった。
「……ただのサトオだ。ちょっと、腕の鍛錬をやりすぎただけだよ」
「……あくまでしらばっくれますか」
執事が一歩踏み込み、俺の袖を掴まんばかりに追い詰める。その瞬間、エレナが俺の前に毅然と立ちはだかった。
「失礼よ、執事! 貴方は彼を疑うの!? 私が認めた英雄よ! 彼が強くて何が悪いの!?」
「お嬢様。お嬢様が必死に守ろうとされているのは『英雄』なのか、それとも『正体を隠した怪物』なのか。どちらか私には存じ上げませんが、商会に害をなす危険因子であるならば……」
老執事の放った明確な殺気が、応接室の空気を一瞬で凍りつかせる。
エレナの「英雄教育」という都合のいい盾が、皮肉にも俺の「正体」を炙り出すための完璧な踏み絵になっていた。
「……さて、サトオ。どうするの? この頑固な執事さんをここで返り討ちにする? それとも、私が少し手を貸して、消してあげようか?」
セリアの物騒極まりない愉悦の囁きに、俺は奥歯を噛み締める。
エレナを失望させたくはない。だが、このままでは執事に正体を暴かれる。
「……誤解だ。俺はただの冒険者だ。その証明として、商会が抱えている厄介な問題を一つ、今日中に俺が解決してみせよう。それが、俺の『正体』だ」
俺は執事の鋭い目を、真っ直ぐに見据え返した。
隠遁者として生き残るための、最後の賭けだ。あえて「冒険者らしい泥臭い仕事」を完璧にこなして見せることで、英雄としての超絶技巧ではなく「ただの手際がいい便利屋」として疑いを晴らす――。
……はずだった。
だが、俺の言葉を聞いた執事とエレナの顔が、同時に期待と驚愕で引きつっているのを見て、冷や汗が流れた。
(……あ、クソ。またやってしまった)
「今日中に片付ける」などと、ただのFランクが口にしていいセリフではない。
ただの平凡な冒険者だと証明するつもりが、俺はまた、どう見ても「只者ではない」という強者のオーラを部屋中に撒き散らしてしまっていた。
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