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第21章:名声という名の檻

 オーク討伐の翌日。ギルドの扉を開けた瞬間、俺は回れ右をして逃げ出したくなった。


 昨日まで俺を空気のように扱っていた冒険者たちが、一斉にこちらを振り返る。いつもなら荒くれ者たちで埋まっているカウンターの一角が、俺とセリアが近づいた瞬間に、まるで『聖域』のように不自然に距離を空けられた。


「――サトオさん、おはようございます! 昨日のオーク討伐、本当に素晴らしかったわ! おかげで、朝からあなたのランクアップについての問い合わせが上層部に殺到していて……」


 受付嬢の弾んだ声が、今の俺には耳障りな警報のように響く。


 F級冒険者という『誰からも期待されない最底辺の立場』こそが、俺の隠遁生活の要だった。だが今、俺は意図せずして『新進気鋭の注目株』という、最も避けたかった看板を背負わされようとしている。


「……悪いが、ランクアップする気はない。昨日のはただの偶然だ。たまたまたま運が良かっただけだよ」


「そんなこと言わないでください。サトオさんのような方が、なぜ今までF級でくすぶっていたのか、皆が不思議がっているんですから」


 周囲の視線が、針のようにチクチクと突き刺さる。


 俺のハンマーの持ち方、歩き方、そして隣に寄り添うセリアの佇まい。そのすべてが「何かを隠しているのではないか」と勘繰られているような錯覚に陥る。


(……まずいな。勇者としての所作が、この注目を浴びる状況で無意識に露出しているのか?)


「ねえ、サトオ。皆、貴方のことばかり見ているわね」


 セリアが俺の耳元でそっと囁く。その声には、平穏を壊された苛立ちよりも、むしろ「自分だけのもの」が他人の目に晒されていることへの、酷く冷ややかで奇妙な愉悦が混じっていた。


彼女は見抜いているのだ。俺がこの『注目』を恐れれば恐れるほど、正体がバレるリスクを避けるために動きが縛られ、結果として彼女を捨てられなくなるという構造を。


 そこへ、一人の男が重い足音を響かせて俺たちのテーブルに歩み寄ってきた。


 この街でそれなりに名が知られている、Cランク冒険者パーティのリーダーだ。その眼差しには、新参者への純粋な品定めと、それ以上に深い『嫉妬』の色が浮かんでいる。


「お前が『オーク殺しのサトオ』か。随分と派手な戦い方だったらしいじゃねえか。……俺たちの縄張りで、お前みたいな小汚い新人が目立つのは気に食わねえんだよ」


男は威圧するように、俺の目の前でドスンとテーブルを叩いた。


 ……面倒だ。本当に、心底面倒くさい。


 ここで前世の勇者の威圧をほんの一微量でも漏らせば、一発でこの男を精神的に沈められる。だが、それこそが『平穏の終わり』を告げる決定打だ。


俺はハンマーの柄を握る手の力をあえて緩め、わざとらしく肩をすくめて、頼りなげな苦笑いを浮かべて見せた。


「……本当に、ただの運なんです。俺たちはただ、その日暮らしの食い扶持を稼ぐために必死だっただけで。どうか、お気になさらないでください」


 俺の卑屈な振る舞いを見て、男は興が削がれたように鼻で笑い、そのまま背を向けて去っていった。


 周囲の冒険者たちからも「なんだ、やっぱりただのフロックか」と失望混じりの視線が引いていく。


 だが、男の気配が遠ざかった直後。テーブルの下で、セリアの指先が俺の太ももを容赦なく爪で突き刺した。


「痛っ……」


 声を出さずに顔をしかめる。フードの奥にある彼女の紅い瞳は、極寒の氷のように冷え切っていた。彼女は、俺が『勇者を隠すためにつく嘘』や『他人に頭を下げる卑屈な演技』を、誰よりも不快に思っているらしい。魔王の血筋としてのプライドが、それを許さないのだ。


「……サトオ。貴方はいつまでそうやって、自分を殺して生きるつもり?」


 宿の小部屋と違って、ここでは言い返すこともできない。


 俺はこれ以上ここに居続けるのは危険だと判断し、ハンマーを袋に押し込んで、逃げるように席を立った。


 注目される恐怖と、正体を隠し続ける窮屈さ。


 俺が必死に守ろうとしていた「隠遁生活」の防壁は、今や内と外の両側から、崩壊のカウントダウンを刻み始めていた。


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