第20章:魔王の「加護」という名の災難
森に入った瞬間、空気が変わった。
俺が腰のハンマーを握り直す気配を察してか、セリアが少しだけ指先を動かす。――それだけだった。
俺たちが進む道の周囲に潜んでいたはずの凶悪な魔獣たちが、まるで目に見えない巨大な質量に圧殺されたかのように、断末魔の悲鳴を上げて一瞬で息絶えていく。
「……おい。やりすぎだ。せめて、もう少し『戦った痕跡』を残せ」
「あら、私は何もしていないわよ? ただ、貴方が怪我をしないように、少しだけ邪魔者を排除しただけ。あんな汚らわしい獣たちが、貴方に触れるなんて許せないもの」
彼女は悪びれもせずに微笑む。
これでは、「Fランク冒険者が、運良くオークの集落を苦戦の末に討伐した」という俺の隠遁計画が根底から崩れてしまう。激闘を繰り広げるどころか、これではただ死体の山を散歩しているだけだ。
「いいか、セリア。俺たちは『死力を尽くした』という証拠を作らなきゃいけないんだ。魔獣の角を削り、服を破き、適度に汚れをまとう。それがしがないFランク冒険者のリアルなんだよ」
「……人間って、本当に面倒くさい演技をするのね。貴方のその『平穏という名の虚像』を守るためなら、付き合ってあげないこともないけれど」
俺たちは、彼女が一方的に全滅させたオークの死体の山を前に、互いの服に泥を塗り合い、適度に武器をこすり合わせ、いかにも「死闘の末にようやく勝った」という見栄えを作り上げた。
オークの牙を一本抜き取り、俺の服の袖をわざと爪で引き裂く。まるで、絶体絶命の窮地を死に物狂いで駆け抜けてきたかのような、緊迫感のある演出(偽装工作)だ。
その光景は、端から見れば「泥だらけになって必死に支え合う、絆の深い冒険者ペア」にしか見えなかっただろう。
――数時間後。
ギルドに戻り、証明部位であるオークの牙をカウンターに投げ出したとき、周囲から驚嘆の溜息とひそひそ話が漏れた。
「おい見たか? あの万年Fランクのサトオが、本当にオークの集落を……!」
「しかも、あの華奢な娘を守りながら戦い抜いたらしいぞ……!」
俺の意図に反して、俺たちは「互いを守り合って死線を越えた運命のパートナー」として、一躍ギルドの注目を浴びることになってしまった。
受付嬢が信じられないものを見るように目を輝かせている。俺は絶望的な気持ちになりながら、使い道の手前で終わったハンマーを袋にしまった。
(……ああ、クソ。これでまた、平穏な隠遁生活が遠のいた)
しかし、俺の腕にそっと手を絡め、周囲に向けて「この人は私のものよ」と言わんばかりに不敵に微笑むセリアの横顔を見ると、次にくる面倒な依頼の心配よりも、今のこの安っぽい偽装工作のせいで生まれた奇妙な距離感の方が、ずっと重く俺の胸に居座っていた。
俺の「加護」という名の災難は、こうして街中の噂へと発展し、俺をさらなる騒乱の渦へと引きずり込んでいく。
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