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第14章:期待値と、面倒な言い訳

第14章:期待値と、面倒な言い訳


 冒険者ギルドの酒場は、昼下がりだというのに相変わらずの熱気に包まれていた。


 俺はギルドの端、誰の視線も届かない薄暗いテーブルで、安いエールを口に運んでいた。革袋には商会からの報酬がずっしりと入っている。本来なら、今日はこのまま宿に戻って何もしない贅沢を味わうはずだった。


 しかし、世の中は往々にして俺の都合を無視する。


「おい、そこのあんた。一人か?」


 視界を遮るように、三つの影がテーブルを囲んだ。


 大剣を背負った男・バルド。冷静そうな魔術師の女・ミア。そして、軽薄そうな笑みを浮かべた斥候のレイ。彼らはこの街ではそれなりに名の知れたパーティらしく、俺が返事をする前に、当たり前のように向かいの席に腰を下ろした。


「遺跡探索の依頼を受けててな。人手不足で困ってるんだ。あんたのそのハンマー、いいもの使ってるな。どうだ、俺たちとパーティを組まないか?」


 バルドが親しげに肩を叩いてくる。どうやら俺の護衛依頼での働きが、どこからか耳に入っているらしい。ミアが値踏みするような目で俺のハンマーを見つめ、レイが楽しそうに付け加える。


「遺跡で見つかる『古びた職人道具』なんかは、全部あんたに譲っていい。どうだ、ぼーっとしてるよりはずっとマシな一日になるぜ?」


 俺は心の中で大きく溜息をついた。今すぐ断って宿に帰りたい。何もしない時間を守りたいという強い意志が、押し寄せる面倒くささで塗りつぶされていく。


「……悪いが、断るよ。俺はそんな大層なもんじゃない」


 俺は冷めたエールを一気に飲み干し、ジョッキをテーブルに置いた。


「そもそも俺、別に鍛冶師じゃないんだ。ただのハンマー使いで、武器が壊れにくいからこれを選んでるだけだぞ。勘違いするな」


 俺の言葉に、テーブルの空気が数秒だけ硬直した。次の瞬間、ミアが呆れ半分、感心半分といった様子でため息を吐いた。


「……嘘をつくなら、もうちょっとマシなのを言いなさいよ。あんたがハンマー一振りで魔獣を解体したって噂、ただの力任せじゃないことくらい、そのハンマーのバランスとあんたの佇まいを見れば分かるわ。」


「そうそう。商会の馬車を直した噂も聞いてるぞ。あんたみたいな技術、普通の冒険者が持ってたら苦労しないっての」


 バルドがニヤリと笑い、レイが俺のハンマーを指で弾いた。


「鍛冶師じゃない? 構わないさ。俺たちが欲しいのは肩書きじゃなくて、あんたのその腕なんだから。……今日だけ、いや、遺跡の入り口まででいい。付き合ってくれよ」


 彼らの眼差しには、悪意も過剰な期待もない。ただ、俺を「実力者」として正当に評価しているだけの、純粋な信頼がある。それが何より面倒で、そして少しだけ悪くない気分でもあった。


「……分かったよ。今日だけだ。変な道具が見つかっても、俺はただの『重い荷物を運ぶ係』だからな」


「へいへい、期待してるよ、職人様」


 レイの軽口をBGMに、俺は重い腰を上げた。結局、この街でも俺の「平穏」は、誰かの期待によってかき乱される運命らしい。ハンマーの重みを背中に感じながら、俺たちはギルドの出口へと向かった。


 ギルドを後にし、聖都の郊外へと向かう道すがら、俺は内心で頭を抱えていた。


(実力を隠す、か……)


 ただの「ハンマー使い」として振る舞うなら、あんな連中と行動を共にするべきではなかった。奴らは俺の一挙手一投足を観察し、俺が何者であるかを暴こうと躍起になっている。


 ふと、道端に生えていた丈夫そうな枝が目に留まった。俺は周囲に気取られないよう、自然な動作で枝を一本折り、サッと腰の装備帯に差し込んだ。


「……ん? あんた、いつの間にそんな枝を拾ったんだ?」


 先頭を歩いていたバルドが振り返る。俺は表情一つ変えず、やれやれといった風に肩をすくめて見せた。


「ああ、これか。ワンドだ。護身用さ。遠距離攻撃できるし、これがあれば服も汚れずに済むだろう?」


「枝で護身用……? あんた、面白いこと言うな」


 レイがニヤニヤしながら呆れたように笑う。彼らは俺が何をしようとしているのか、まるで理解していない。だが、それでいい。俺の心の中で、かつて「勇者」と呼ばれていた頃の冷徹な計算が作動する。


(よし。この枝に、わずかばかりの魔力を『刻印』しておこう。枝の強化と威力を抑えるため――そう、魔法剣士としての最低限の出力をな)


 俺は指先で枝の表面をなぞり、不可視の魔力の回廊を通す。これでいい。もし戦闘になったら、俺はこれを使う。


「……ハンマー持ってるのにか? 何だか、妙に自信満々だな」


 ミアが俺の腰元にある枝をじろりと見て、眉をひそめた。俺はわざとらしく鼻を鳴らし、歩調を早めた。面倒を避けるための、これが俺なりの「魔法剣士」ごっこだ。


 遺跡の入り口が、霧の向こうにその姿を現し始めていた。さて、この枝一本でどこまで「凡人」を演じきれるか。俺は静かに息を吐いた。


 遺跡の入り口を抜けた先には、薄暗い回廊が続いていた。湿った空気が纏わりつく中、不意に暗闇から一体のガーディアン――古びた石の獣が跳びかかってきた。


「危ない!」


 ミアが反射的に杖を構えるが、詠唱の時間は足りない。バルドが大剣を抜こうと踏み込んだ、その時だった。


 俺は腰の枝をスッと抜き放ち、石獣の首筋を狙って空を切るように振り抜いた。


 ――パンッ!!


 乾いた衝撃音が、狭い回廊に破裂音のように響き渡る。目に見えない風の刃が、石獣の首を正確に両断した。巨体は音もなく崩れ落ち、その切断面は滑らかに磨き上げられたかのように平らだった。


「……エアカッター」


 俺は小さく呟き、枝を再び腰に戻す。バルドとミアが呆然と立ち尽くし、レイは口を半開きにして、崩れ落ちた残骸と俺を交互に見つめていた。


「な、今の……ただの枝だよな……?」


 バルドの震える声に、俺は肩をすくめて見せた。


「ワンドって言えよ。言っただろ? 俺、これでも本当は魔法剣士だからな。今のなんて、ただの初歩的な風魔法の応用だよ。ハンマーを振るうほどでもないから楽でいいだろ」


 俺は「魔法剣士」という称号を隠れ蓑に、してやったりの顔を作った。彼らは「強力な一撃を放てるハンマー使い」から、「妙に鋭い魔法を枝で繰り出す変わり者の魔法剣士」へと俺の認識を書き換えたはずだ。


 本当は、枝に少しだけ魔力を流して大気圧を操作しただけの、物理現象に近い出力なんだけどな。俺は心の中で毒づきながら、動揺するパーティの先をスタスタと歩き出した。


 静寂が回廊を支配した。石獣の残骸が崩れる音すらも、今の俺の動作の前では些細な出来事に思えたようだ。


 真っ先に沈黙を破ったのは、斥候のレイだった。彼は信じられないものを見る目で、石獣の滑らかな切断面を指でなぞる。


「……あり得ないだろ。今の風の刃、魔力の波動がほぼゼロだったぜ? 詠唱なしで、枝一本で、これだけの出力……おいおい、あんた『魔法剣士』ってレベルじゃねえよ。相当な使い手だろ」


 ミアは杖を握りしめたまま、俺の背中を食い入るように見つめている。彼女の青い瞳には、純粋な好奇心と、プロの魔術師としての敗北感が入り混じっていた。


「風魔法の応用……? 初歩? 嘘つき。あれは魔力を圧縮して、大気そのものを弾いてたわ。……あんた、どこの魔導アカデミーの出身なの? それとも、どこかの隠遁した師匠から教わったの?」


 ミアが早口で畳み掛けてくる。俺の「魔法剣士」という言い訳が、かえって彼女に火をつけてしまったらしい。


「いや、だからワンドって言えよな」


 俺はそっけない声を返す。(まあ確かに、雲隠れした先代勇者っていう師匠ソースだがな!)


 バルドはといえば、大剣を地面に突き刺したまま、呆然と俺と自分の大剣を見比べていた。


「……俺のこの大剣で同じことをやろうとしたら、どれだけの魔力と時間が必要か。それを、道端の枝っ切れで……」


 三人の視線が、痛いほどに刺さる。


(……あー、面倒だ。もっと適当にやるんだった)


 心の中で舌打ちしながら、俺はわざとらしく枝を腰に挿し直し、ため息を吐いた。


「おいおい、そんなに観察するなよ。……俺はただ、魔力の無駄遣いが嫌いなだけだ。ハンマーもそうだが、必要最小限の力で、最大の結果を出す。それが俺の『魔法剣士』としての美学なんだよ。それ以上でも以下でもない」


 俺はそう突き放すと、彼らの反応を気にする素振りも見せずに、またスタスタと遺跡の奥へ歩き出した。


「お、おい! 待てよ! ちょっとは説明しろよ!」


 背後でレイがわめいている。彼らが俺の「魔法剣士」像を勝手に立派なものへと膨らませていくのが手に取るようにわかった。


 これでいい。彼らは俺の正体を「ちょっと変わった、凄腕の魔法剣士」というカテゴリーに押し込めた。これで、俺がどれだけデタラメな動きをしても、「そういう特殊な技法なんだ」と納得してくれるはずだ。


 ……まあ、これだけ注目を浴びていれば、俺の「ぼーっとする一日」は確実に遠のいたわけだが。


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