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第12章:国境の検問所

 夜の騒動から数日。馬車隊はついにクレイズ神聖王国の喉元、国境検問所へと到達した。


 白亜の巨大な石壁が空を分断し、その影には聖騎士たちが冷徹な守護者として佇んでいる。御者台の隣で、俺は帽子を深く被り直し、気配を殺した。列に並ぶ馬車は一両ずつ無慈悲なまでに解体され、冒険者も商人も、すべて魔力測定器による「選別」という名の尋問を受けている。


 ――嫌な予感がする。


 懐の『亜空間の指輪』が、まるで冷や汗をかくように微かな熱を帯びていた。検問所の探知魔導具が、内包された異常な魔力に反応し始めているのだ。


「次の馬車、前へ!」


 響き渡る声に、俺たちの番が回ってくる。指揮官らしき聖騎士が、獲物を狙う鷹のような鋭い眼光でこちらを射抜いた。


「商会のマルコだな。積荷、武器、すべて申告通りか?」


 マルコが粛々と書類を差し出す。聖騎士は書類に一瞥もくれず、俺へと歩み寄る。


「……おい、そこの。お前のハンマーを出せ」


 心臓が早鐘を打つ。俺はあえて、無骨で何の変哲もない鉄の塊を突き出した。


 奴は魔力探知用の水晶をハンマーの柄に押し当てる。


 ――ドノバン、頼むぞ。この鈍色の鉄屑が、ただの鉄塊だと証明してくれ。


 水晶は、死んだような無機質な灰色に光った。


「……ふん。ただの鍛冶槌か。魔力反応なし。次へ通れ」


 興味を失った聖騎士がハンマーを放り投げる。俺はそれを掴み、無言で馬車に戻った。横でマルコが小さく息を吐き出す。しかし、空気を切り裂くような重厚な足音が、その安堵を打ち砕いた。


「待て」


 検問所の奥から、ひときわ高位の気配を纏った聖騎士が歩み寄ってくる。彼は俺の喉元を覗き込むようにして、忌々しげに言い放った。


「……お前、ただの職人か? 魂の芯から、妙な気配がする」


 逃げ道はない。ここで足を止めれば、心拍数からすべてを見抜かれる。俺はドノバンの工房で染み付いた、あの「職人特有の傲慢な毒」を喉の奥から絞り出した。


「おいおい、俺の仕事着の匂いでも嗅ぎたいのか? 職人ってのはな、毎日鉄を叩いて泥にまみれて生きてんだよ。貴族様のお坊ちゃんみたいに、香水で誤魔化す必要なんてねえよ」


 俺はあからさまに不機嫌を装い、ハンマーを荷台に叩きつけた。金属音が乾いた音を立てる。


「あんたらの気まぐれな検問のせいで、大事な納期が遅れてんだよ。この損失、神聖王国様が保証してくれるのか? できないなら、早くこの退屈な門を開けろ」


 権力を鼻にかける者ほど、身分を盾にする「不遜な平民」を嫌う。聖騎士は汚物でも見るような目で俺を睨みつけ、呆れたように吐き捨てた。


「……行け。不潔な職人だな。これ以上、我が王国の敷地を汚すな」


「へいへい。次はもっとマシな接客ができる門番に出会いたいもんだぜ」


 俺はわざとらしく悪態をつきながら、手綱を引いた。馬車が動き出す。背中に突き刺さるような冷たい視線を感じながら、額から流れる冷や汗を袖で隠す。


 検問所を通り過ぎ、隣国の広大な大地が視界に開けた。


 俺は御者台の上で、肺が裂けんばかりに深く、深く溜息を吐き出した。


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