第48話「最終試験」
「それでは最終試験を始めたいと思います。皆さん、準備はよろしいですか?」
三月。
最終試験当日――ジークたち受験者は、試験フィールドに集められていた。
空はまだ高く、風は冷たさを少しだけ残している。
だが土の匂いは、冬ではなく春のものだった。湿った落ち葉の香り、遠くで鳴く鳥の声。
足元には踏み固められた地面と、ところどころに残る草の芽。
今回の最終試験では、体力テストの時のフィールドとはまた違い、山や森などの自然豊かな場所に連れ出される。
そしてそこでチームに分かれて魔物を駆除したり、その土地の調査を行うのだ。
(……いよいよか)
ジークは胸の奥に、熱いものが灯っていくのを感じた。
同時に、ほんの少しだけ――怖さもある。
だがそれは「落ちるのが怖い」じゃない。
(ここは、俺の“今”が試される場所だ)
係員が一歩前に出て、淡々と告げる。
「これよりチーム分けを行います。チームのバランスが偏らないように、事前にこちらで調整をさせていただきました。皆さんのチーム名とバディを発表します」
受験者の名前が読み上げられ、そのチームに該当している受験生が指名されていく。
呼ばれた者たちが、少し緊張した面持ちで移動するたび、装備が擦れる音がした。
ジークの名前が呼ばれる。
一歩前へ出ると、待機場所にはすでに一人の男性がいた。
年のほどはジークとそう離れていないだろう。
清潔感のある身なりで、姿勢がいい。目の奥が落ち着いている。
「はじめまして。僕はハンク・バートン。同じチームとして一緒に頑張ろう」
爽やかな笑顔で手を差し伸べてくるハンク。
ジークも迷いなくその手を握り、握手を交わした。
「こちらこそよろしく。俺はジーク・ハワードです」
握った手から伝わる力は、強すぎず弱すぎず。
“信用できそうな人だ”と、ジークは直感で思った。
二人は他の人が呼ばれている間に、すっかり打ち解けた。
年齢はハンクが二つ上で、彼は別の仕事をしながら二年前から世界政府の試験に挑戦しているらしい。
「あの体力試験、覚えてるよ。君、すごかった」
「いやぁ、あれは得意なだけでさ」
「得意で済ませるのがまた怖いんだけどね」
軽口を叩けるくらい、空気が柔らかくなる。
そこへ若い女性がやって来た。
彼女も二人と同じチームに組み分けられたらしい。
「えっと、エルマ・オールビーと言います。お2人ともよろしくお願いします!」
明るく活発そうな声。
頬に少しだけ緊張の色はあるが、それ以上に前向きさが勝っている。
彼女とも年齢がそんなに離れていなかった。
ジークの一つ下で、大学を卒業した現在は両親の営む会社で事務の仕事をしているそうだが、どうしても夢である世界政府で働くことを諦められずに受験したそうだ。
「よろしく、エルマさん」
「よろしく。心強いな」
三人は年が近いこともあってすぐに意気投合した。
そして最後に――足音が軽く弾む。
「ジークさん!? やった! ジークさんとおんなじチームだなんて!」
聞き覚えのある声。
「セナちゃん!?」
現れたのは、ジークの同級生である美容師ナナ・ハヅキの妹で、ジークと同じ国防省を志す高校生――セナ・ハヅキだった。
セナが受験していることを知っていたジークだったが、世界政府の試験を受ける人の数は毎年尋常ではないため、試験会場ですれ違うこともなかった。
それがまさか、一緒のチームになるとは……。
「あれ? 知り合いなの?」
ハンクとエルマは、セナとジークの接点がわからず首を傾げる。
セナは少しだけ照れくさそうに笑い、自己紹介も兼ねて説明するのだった。
彼女は十八才でありチームの中では最年少だが、一番落ち着いており、精神的にも体力的にもバランスが良いと判断されたのだろう。
(セナちゃん……緊張してるはずなのに、ちゃんと芯があるな)
ジークは内心、頼もしさを感じていた。
そして最終試験が始まった。
フィールドワークはチームに分かれて、三日間かけて行われる。
何を求められているかは一切説明されず、ただ三日間無事に生活する様子を観察される。
森の中へ入ると、空気が変わった。
湿り気を帯びた風。土の柔らかさ。遠くで枝が折れる音。
視界は木々に切り取られ、空が細くなる。
これまでの二度、ジークは強さを見せればいいのだと思い、
一度目は魔物を狩って狩って狩りまくった。
二度目もまた、同じチームのメンバーよりも多くの魔物を狩った。
自分が所属するのは国防省。戦闘力こそが重要であり、それを示すことが大事だと思ったのだ。
だが――今のジークは違った。
これまでの経験を経て、世界政府の職員として何を求められているのか、はっきりとわかったからだ。
「エルマさん、大丈夫? 三日もあるんだから無理しないでね」
最初に声をかけたのは、ジークだった。
足取りが少し乱れたエルマを見て、迷いなく言葉を投げる。
「だ、大丈夫! でも……ありがとう」
エルマが笑う。少しだけ、肩の力が抜けるのがわかる。
そしてチームの中で最も頭のいいハンクに、三日間生き延びるプランを考えてもらった。
「まず、拠点を決めよう。水源を確保して、風向きと見通しも考える。行動範囲を広げすぎると、夜に詰む」
「了解。俺とセナちゃんが周囲の警戒と……狩り、だな」
「私は食料管理と料理、あと簡単な手当てならできるよ!」
役割がはっきりすると、空気が一気に締まる。
それはギスギスした緊張ではなく、“同じ方向を見た”集中だ。
戦闘が得意なジークとセナは、魔物と戦い、食料にできそうな生物を狩る。
エルマは料理を担当し、簡単な傷の手当ても行う。
そしてハンクは全体の判断役。
状況に応じて指示を出し、危険を避け、必要なら撤退も決める。
こうしてチームとして、しっかりと協力するジークたち。
以前であれば、同じチームであるにも関わらず自分の実力だけを誇示することしかしていなかったジーク。
だが今は違う。
(これまでの試験で個人個人の実力は十分に見られている。この試験で大事なのは、個人の実力を示すことじゃない。同じ世界政府の職員として、自分の強みと仲間の強みをどう活かしてチームワークを発揮できるかを見られているんだ)
最終試験はチームワークのテストであり、これまでジークが経験してきた個人の実力を示す場ではなかったのだ。
夜。焚き火の小さな音が、森に吸い込まれていく。
温かいスープの匂いが漂い、エルマの手際の良さに、全員が自然と笑ってしまう。
「エルマさん、これ……うまっ」
「でしょ? こういうの得意なの。ふふ」
「ハンクさん、明日のルートは?」
「風次第かな。今夜のうちにもう少し情報を集めよう」
セナも静かにうなずき、ジークと目を合わせる。
言葉がなくても通じる“安心”が、そこにはあった。
これまでのどこかギスギスした最終試験とは異なり、常に笑顔が絶えない三日間だった。
三日の試験が終わる頃には、古くからの友人のように四人は打ち解けていた。
最終日。集合場所に戻ると、係員が静かに告げる。
「お疲れさまでした。最終試験の結果は、後日個別に連絡いたします。あらためて、皆さま。たいへんお疲れ様でした。」
肩の力が抜ける。
足の疲れが一気に押し寄せて、笑ってしまいそうになる。
最終試験が終わり、ジークたち四人は帰路に就く。
「みんな、絶対に合格して入社式で会おうな!」
ジークは同じチームになった三人に向かって手を差し出した。
「ああ、次は新人職員として会おう!」
「うん、絶対に。私たちなら大丈夫よ!」
「はい、みなさんありがとうございました!」
それぞれ固い握手をして、ジークたちは別れ、それぞれの家路へと向かうのだった。
「ただいま~」
同棲しているセレナの家に帰ってきたジーク。
玄関のドアが閉まる音がした瞬間、足元から力が抜けそうになる。
――その前に。
セレナが、ジークの姿を見るなり安心したように、そして嬉しそうに抱きついた。
「おかえりなさいジーク! ジークの好物たくさん作ったよ? 今日はゆっくり過ごそうね。本当にお疲れ様」
愛おしそうにジークの頭をなでながら微笑むセレナ。
その手の温度だけで、胸の奥がじんわり熱くなる。
「あぁ、ありがとう。いや~疲れたぁ~。でもセレナの可愛い顔見たら、疲れが吹き飛んだよ」
「もうジークったら……」
頬を赤く染めながら照れるセレナ。
ジークはそのまま彼女を優しく抱きしめて――そっと唇を重ねるのだった。
外の世界がどれだけ厳しくても。
今だけは、ここが帰る場所だ。
(……よし。結果がどうであれ、俺はちゃんと前に進んだ)
ジークは静かに息を吐き、セレナの温もりを胸に刻む。
最終試験の三日間は終わった。
――あとは、結果を待つだけだ。
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