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第47話「ジークの言葉 ~二次試験突破へ~」

 筆記試験は二日間。

 ジークは全問解答し終えると、最後に答案用紙を見直して――静かに提出した。


(よし……出し切った)


 紙の束が手元から離れる瞬間、肩に乗っていた緊張が少しだけほどける。

 試験会場の空気は独特だ。鉛筆の走る音、誰かの咳払い、時計の秒針。

 そのどれもがやけに大きく感じて、心臓まで煽ってくる。


 だが、ジークはその渦の中でも落ち着いていた。

 今の自分には、支えてくれる人がいる。守りたい人がいる。


 そして翌日。

 一次試験の最後に待つのは、実技試験――体力測定だった。


 知能面や特殊な技能で評価され世界政府からスカウトを受けた場合以外は、いかに肉体労働とはかけ離れた部門であっても、この体力試験が課せられる。

「総合機関」たる世界政府にとって、職員の基礎体力は“最低条件”なのだ。


 会場の空気は、筆記とは別種の熱を帯びている。

 受験者たちの呼吸は浅く、ストレッチの音、靴の擦れる音がやけに生々しい。


 ジークにとっては――毎回、欠伸が出るほど簡単な試験。

 それでも、彼はいつも全力で取り組んでいた。


(手は抜かない。これも試験だ)


 号令と同時に、測定が始まる。


 走力、持久力、瞬発力、筋力。

 ジークは迷いなく動き、迷いなく積み上げる。


 周囲が苦しそうに息を切らす中、ジークの呼吸だけが安定していた。

 汗はかいている。だが、その汗は「限界の汗」ではない。

 “当たり前に鍛えてきた者”の汗だった。


 案の定、今回の体力試験もぶっちぎりの成績で突破したことは、誰の目に見ても明らかであり――他の受験者たちは開いた口が塞がらない様子だった。


「……え、なにあの人……」

「軍人じゃないの……?」

 小声が飛ぶ。視線が刺さる。


 ジークはそれを気にしない。

 ただ静かにタオルで汗を拭き、最後まで礼儀正しく頭を下げた。


 こうして一次試験は、なんの問題もなく突破。

 ――いつも通り、そこまでは。



 ここまでの試験は毎回難なく突破するジークだが、苦手としているのが二月に行われる二次の論文試験、面接試験、そして三月の最終試験であるフィールドワーク、最終面接である。


 特に最終試験のフィールドワーク、最終面接に進んだのはこれまで二度だけ。

 いつも論文か面接で落とされている。


「能力は高い。だが――何のためにその力を使うのか」

 試験官たちの目は、そこを見ていた。


 だが、今回のジークにはいつもと決定的な違いがあった。

 それはこれまで、弟であるケインに負けまい、追い付こうとして試験に臨んできたのだが、今回は違うからだ。

 今回は明確に世界を守りたい、人々を守りたい、という確固たる思いがある。


 もちろんこれまでも、その思いはあった。

 だが、論文を読んだ試験官や面接官たちに心の奥底にある劣等感を見抜かれており、

「本当に世界のために働きたいのではなく、自分の実力を証明したい」と捉えられてしまっていたのだ。


 しかし今回は違う。


 春先に弟が世界政府の職員となり、愛するアミと結婚した。

 自分が夢を諦めようとした時、テリーを始めとしたかつての同級生たちが励ましてくれた。

 セレナと出会い、彼女を愛おしく思うようになり、絶対に幸せにしたいと思う相手ができた。


 自分たちが、大切な人たちが生きるこの世界を守りたい。

 ――そう、心から思うことができた。


 そして、それは面接で問われる重要な要素であり、ジーク自身が「今」だけではなくて世界政府の一職員として、将来性があるかどうかを見られる場所でもあるのだ。


 論文試験はこれまで以上の事前の対策や、世界を真っすぐに守りたいという思いを記述することができた。

 面接試験でも明らかにこれまでと面接官の反応が違うのがわかった。



 面接室。

 淡い照明。整然と並ぶ机。

 そして、向かいに座る面接官たちの視線は、静かで鋭い。


「弟さんのケイン・ハワードさんは、たいへん優秀で、昨年ついに世界政府の職員になりましたよね。これまで世界政府の職員を目指し、何度も試験を受けて来たにも関わらず、先を越されてしまったことをどのようにお考えですか?」


 ――来た。

 ストレス耐性を見るための問い。

 そして、ジークの過去を知ったうえでの、いわゆる“圧迫”。


 だが、ジークの胸は揺れない。

 喉の奥が乾く感覚はある。

 それでも、目は逸らさない。


 ジークは臆することなく、はっきりと答える。


「弟のケインは間違いなく世界政府職員になるべくしてなった優秀な男です。でも、彼の人生は彼の人生です。今日の私がここにいることと、何も関りがありません。彼は彼の人生を大切にしながら、世界政府の職員として人々を守るために働く。そして私も、私の人生を大切にしながら、世界を守るために働きたいと思っています」


 これまでのジークなら、

「いつか追い付いてみせます」「いつか追い抜きます」「負けません」――

 そんな対抗心を滲ませた回答だった。


 だが今回は違った。

 ジーク自身の思いに嘘偽りはなく、ただ正直に、自分の“軸”を言葉にしたのだ。


 面接官たちはその答えを聞いて満足そうにうなずいた。


 ジークの能力は非常に優れていたが、これまでの彼の論文や面接を見る限り、

 世界政府の職員としてどう働くかというよりも、世界政府の職員になることが目標のようにも見えた。


 だが、今の彼の回答は世界政府職員としてどう働くのかをしっかりと考えており、

 以前のように劣等感を滲ませた様子も見られない。

 その答えに自信を持っていることが窺えた。


 面接官たちはジークの能力の高さだけでなく、人間性にも好印象を持った。


「わかりました。それでは面接はこれまでとします。お疲れさまでした。……変わりましたね、ジーク・ハワードさん」


 優しく微笑んだのは、ジークが初めて受験した時からずっと面接官だった人だ。

 何度も挑戦するジークの姿を見ており、成長したその姿を見て微笑んだのだ。


「は、はい! ありがとうございます!」


 ジークは深く頭を下げ、面接室を後にした。

 ドアが閉まる音がやけに大きく、そして――その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。



 結果は二次試験突破。

 無事に最終試験へと進むことになったのだ。


 同棲する家に帰ると、セレナが玄関で――抱きつく勢いで出迎えてくれた。


「二次試験突破おめでとう、ジーク。今日はお祝いしましょ!」

「おわ! あ、ありがとう」

 ジークは顔を赤くしながら、セレナを抱きしめ返す。

「……うふふ♪」


 その笑顔だけで疲れが溶ける。

 キッチンからは香ばしい匂いが漂い、グラスが触れ合う軽い音がして――今日は“お祝いの日”なのだと、身体が理解した。


 嬉しそうに微笑むセレナと共に、彼女が作ってくれた料理とカクテルを楽しむジーク。


(セレナ、俺が絶対に幸せにするからな……)


 料理を食べながら時折、微笑みかけてくるセレナを見てジークは改めてそう決意する。


「セレナ、俺絶対に最終試験に合格して見せるから。そして必ず世界政府の職員になってみせる」

「……うん! 私も応援してるね!」

 セレナは嬉しそうに微笑むと、そっとジークに口づけした。


 ジークはもしも世界政府の職員になれなかった時のことも考えていた。

 30歳を最後の区切りとして、そこまでに試験に合格できなかった場合は、BARでの仕事に本格的に取り組み、セレナと一緒に経営しようと思っていたのだ。


 だが、それは“なれなかった場合”の話だ、とジークは自分に言い聞かせる。


(絶対に合格するんだ。俺がセレナを……この世界の平和を、この手で守るんだ!)


 心の中で決意を新たにするジーク。


 一方のセレナは、ジークのことを全力で応援しつつも、だんだんと不安な気持ちが芽生えていた。


 ジークが目指すのは、世界政府の国防省である。

 主な仕事は治安維持と魔物の駆除、戦闘などだ。


(ジークが強いのはじゅうぶんわかってるし、彼の夢を応援したい……けど……)


 恋人になり、将来を本気で考えるようになって。

 好きになればなるほど、胸の内は苦しくなる。


 応援したい。支えたい。

 それなのに――危険な目に遭ってほしくない。

 もしものことがあれば、と思うだけで胸が張り裂けそうになる。


 それは、セレナがジークに出会うまで知らなかった感情だった。


 しかし夢を追いかける彼を止めることもしたくない。

 だからセレナは、自分の感情を押し殺す。


(とにかく最終試験をやって結果が出るまで時間があるし、私もしっかりと考えないと……。ジークの夢を支えるか、説得を……試みるのかを……)


 セレナは胸の前で祈るように手を握り、不安な気持ちを隠すようにジークの笑顔を見つめていた。


 その時――。


「セレナ、心配いらないよ……。だけど、何となくセレナの考えてることわかるよ……。でも今は挑戦させてほしいんだ。全力でこの試験に臨みたい」


 気づけば、ジークが優しく抱きしめていた。

 背中に回る腕はあたたかく、心臓の鼓動が胸越しに伝わってくる。


 その温もりに、セレナの心が少しほどける。


「……うん。わかった……でも、無理だけはしないでね」

「あぁ! もちろんだよ!」


 ジークはセレナの不安を吹き飛ばすかのように、明るく答えるのだった。


 二人は見つめ合い、どちらからともなく再び口づけをする。

 カクテルの甘さより、胸の奥がじんわり熱い。


 そしてそのまま、灯りの落ちた部屋で。

 互いの存在を確かめ合うように、静かに寄り添っていく――。


 二人の夜は、優しく、あたたかく更けていくのだった。

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