第43話「いつもふたりで」
そして2人の結婚式が終わったあと、ジークはセレナと会っていた。
式場の喧騒を抜け、街はもうすっかり夜の顔になっている。
遠くで車の走る音がして、風がほんの少しだけ涼しい。
BAR Luminousの灯りは、いつもより柔らかく感じた。
今日という日が、誰かの人生の節目だったせいかもしれない。
彼から話を聞いたセレナは、嬉しそうに微笑んだ。
「そうなんだね。やっぱり弟さん、ジークを尊敬してたんだ」
ジークは照れながらうなずく。
視線を逸らして、指先でグラスの縁をなぞった。
「うん……。でもまさかあいつが俺をそんな風に思っていたなんてな……」
驚きと嬉しさが、まだ胸の奥で落ち着かない。
ふっと息を吐くと、セレナがそのまま優しく笑う。
「ますますやる気に火がついたんじゃない?」
「ああ、ケインに恥じないよう俺も頑張らないとな!」
そう決意を口にしたジークの前に、セレナがすっとカクテルを差し出した。
氷の触れ合う小さな音。
柑橘の香りがふわりと立つ。
セレナは自分にも同じものを注ぐと、ジークの隣に腰を下ろす。
肩が触れそうな距離。
それだけで、胸が少しだけ速くなる。
「それじゃあ、簡単にだけどジークくんの弟さんの結婚をお祝いして乾杯しようか。このお酒はね、"サイドカー"っていう名前なんだよ。柑橘系の香りがして飲みやすいの」
「ありがとう、セレナ」
ジークはカクテルを見つめた。バーの灯りに照らされ、宝石のような輝きを放っている。
「このカクテルに込められた言葉は? セレナが今日俺に出してくれたお酒だから、何か意味があるのかなって」
ジークの言葉に、セレナは嬉しそうに笑う。
少しだけ頬が赤いのは、お酒のせいだけじゃない気がした。
「ふふ……さすがジークね。このお酒のカクテル言葉はね。"いつもふたりで"っていう意味なんだよ」
セレナの説明を聞いて、ケインとアミの幸せそうな姿を思い描くジーク。
あのふたりが、これからも当たり前みたいに笑い合える日々を積み重ねられますように――。
本当に2人にはいつもふたりで仲良く過ごして、いつまでも幸せでいて欲しいと願うのだった。
(ケイン、アミちゃん……乾杯!)
ジークは今ごろ、結婚式場近くのホテルに宿泊してようく一段落しているであろう2人に、心の中で乾杯をする。
セレナはグラスを胸元に持ったまま、少しだけ視線を泳がせて、恥ずかしそうに続けた。
「弟さんと奥さんの幸せを願って選んでみたの。それから……えっと……。私もジークと……ずっと一緒にいられますように、っていう意味も込めて……」
その言葉が、ジークの胸の真ん中を軽く叩いたみたいに響く。
ドクンッと、心臓が大きく鳴る。
胸が熱くなって、言葉より先に体が動いた。
ジークは隣に座る彼女を、そっと、けれど確かに――優しく抱き寄せた。
「あ……」
驚いたように声を漏らすセレナ。
けれど拒む気配はなく、彼女もそっと彼の背中に手を回す。
指先が、ためらいながらもジークのシャツを掴む。
そしてお互いを見つめ合う。
近すぎて、呼吸の温度まで伝わる距離だった。
「セレナ、大好きだ」
「私も……大好きよ」
2人はお互いに顔を赤くしながら、そっと初めての口づけをする。
「ん……」
ほんの短い時間。
けれどその一瞬は、何かを確かに変えてしまうくらい、静かで甘かった。
2人の初めての口づけ。それは甘くて優しい、幸せな味がした……。
「……ふふ、ジークとのキス……幸せ」
頬を赤くしながら微笑むセレナに、ジークも愛おしそうに微笑んだ。
「俺もだよ、セレナ」
2人はもう一度唇を重ねる。
今度は少しだけ長く、ゆっくりと。
そのまま2人は手を繋ぎ、お互いを感じていられるよう指を絡ませるのだった……。
2人きりの楽しい時間を過ごし、ジークとセレナは手を繋いで帰路につく。
夜風が頬を撫で、火照った熱を少しずつ冷ましていく。
街灯の光が、ふたりの影を並べて伸ばしていた。
「ジーク……ふふ、なんだか幸せすぎて怖いくらい……」
嬉しそうに微笑むセレナ。
そんな彼女が愛おしくてたまらないジークは、握った手に少しだけ力を込める。
それを感じ取ったセレナは、嬉しそうに微笑んだ。
「ん? どうしたの?」
可愛らしく首を傾げる彼女に、ジークは顔を赤らめながら言う。
「いや……なんだかこうやってセレナと一緒に手を繋いで歩けているのが幸せで……夢みたいだなって……」
その言葉に、セレナも頬を染めた。
「ふふ、私もおんなじだよ」
2人はギュッと手を繋ぎ直し、ゆっくりと歩いていく。
指先が絡むたびに、確かめ合うみたいに鼓動が揺れる。
「ねぇジーク。私たち、きっと今同じことを考えているよね?」
そんなセレナに、彼は優しく微笑む。
「ああ、そうだな」
2人は見つめ合うと、またそっと唇を重ねるのだった……。
それからもゆっくりとセレナとの愛を育みながら、アルバイトと世界政府の試験勉強に取り組むジーク。
季節は初夏から、夏真っ盛りに移り変わる。
空気は日に日に熱を増し、昼の陽射しが強くなる。
夜になっても、どこか熱が残っている――そんな季節。
3日後に世界政府が管理するプライベートビーチでの、海デートを控えたジークとセレナ。
ケインの結婚式の余興でくじ抽選があり、なんとジークは、ケインが購入していたプライベートビーチ1日貸し切り券を見事引き当てたのだ!
その他にも豪華な賞品があったのだが、ジークとしてはセレナとの思い出作りに役立ちそうなものが欲しかったため、大当たりのこの券に大喜びした。
「わ~い! やったぁ~!」
と子供みたいにはしゃいで報告してきたジークを見て、セレナは優しく微笑みつつ彼の頭をナデナデするのだった……。
その手の温かさが、ジークにはやたら沁みる。
「……で、2人きりの貸し切りだからちょっと大胆な水着に挑戦してみたいけど、自信が無い……と」
セレナの家に招かれたヒカリはコーヒーを一口すすってつぶやいた。
カップの縁に口紅が付かないよう、器用に飲む。
相変わらず余裕のある仕草だ。
親友のヒカリに、ジークとの海デートのことでいろいろと相談に乗ってもらっていたのだ。
「う、うん……。そもそも水着を着るのも久しぶりで、どんなものを着ていいかわからないし……。あんまり大胆なのは恥ずかしいし、ジークに変に思われたら嫌だし……。でも、せっかく2人きりでいられるならちょっと大胆に攻めてみたい気持ちもあって……。はぁ……」
そう言って顔を赤くするセレナ。
膝の上で指先をもじもじさせて、視線が落ち着かない。
ヒカリはそんなセレナを見て、面白がるでもなく、ちゃんと優しく微笑む。
「ふふ、やっぱりマジメねぇセレナは。そんなに難しく考えずに、好きな水着を着たらいいじゃない。ハワードくんならきっとどんなセレナでも受け入れてくれるわよ。それにセレナは可愛い系でも、大人っぽい系でもなんでも似合うんだから。心配しなくたって大丈夫よ」
ヒカリにそう言われ、セレナは頬を赤くする。
褒められるのに慣れていないのか、嬉しいのに照れて、困ったみたいな顔になる。
「そ、そうかな……? うん……そうだよね! せっかくジークと2人きりのプライベートビーチなんだもの! 思い切って勇気を出してみるわ!」
セレナが前向きに拳を握ると、ヒカリは満足そうにうなずいた。
そんなセレナの様子を見て微笑むヒカリ。
「ふふ、その意気よ。でも海デートかぁ。……ハワードくん、セレナの水着姿にドキドキするんだろうなぁ」
「えっ!?」
ヒカリの言葉に、セレナは驚いたような表情を浮かべる。
顔が一気に熱くなるのが自分でもわかって、慌てて手で頬を押さえる。
「そりゃそうよ~。ハワードくんだって男だし、好きな相手の水着姿にはドキドキするって。その日の夜、ついに2人の関係が一歩先へ進むのかな~?」
ニヤッと笑うヒカリに、セレナは顔を真っ赤にして首をブンブンと横に振る。
「え!? いや……そんな……えっと……で、でも……そうなったらどうしよ……」
セレナは妄想が止まらないのか、自分の世界に入っていく。
視線がふわふわと宙を泳ぎ、口元が小さく開いている。
そんなセレナを微笑ましく見守るヒカリ。
「大丈夫、セレナはハワードくんに身をゆだねていればいいのよ。ハワードくんって紳士だから、セレナが嫌がることはしないと思うよ」
ヒカリはセレナの肩を優しく叩く。
ぽん、と軽い音がして、セレナの肩が小さく跳ねた。
だがセレナはジークとの妄想が止まらないようで、どこか上の空だ。
胸に手を当てて、小さく息を吸ったり吐いたりしている。
「ふふ、こりゃあハワードくんも理性を保つのに大変かもね。……で、どんな水着を着るつもり?」
そして再びからかうようにそう言ったのだった……。




