第39話「二度目のデート。言葉にしたいこと」
そして翌日。
待ち合わせ場所に到着したジークは、駅前の時計を見上げて小さく息を吐いた。
早く来すぎた。分かってる。分かってるのに――落ち着かない。
(緊張しすぎだろ俺……。昨日も会って、今日も会うだけなのに……)
人の流れ。改札の電子音。遠くで車が通り過ぎる音。
全部がいつもより大きく聞こえる気がして、ジークはそわそわと立ち位置を変える。
少し待っていると、すぐにセレナがやって来た。
今日も髪を下ろしている。
ジークの元へと駆けてきた彼女の髪が風に揺れ、ふわりといい香りがした。
「ごめん、ジークくん。待たせちゃったね」
少し息を切らしながら言うセレナに、ジークは慌てて首を振る。
「いえ、俺もさっき来たばかりですよ。それじゃあ行きましょうか」
2人は歩き出した。肩が触れそうな距離。歩幅を自然に合わせるだけなのに、心臓が忙しい。
まず2人がやって来たのは映画館だった。
ガラス張りのエントランスに、ポスターの色彩がずらりと並んでいる。
ポップコーンの甘い匂いが漂ってきて、休日っぽさが一気に増した。
「何か観たいものありますか?」
ジークがそう聞くと、セレナは少し考えてからこう答えた。
「う~ん……これなんてどうかな?」
そんな彼女の視線の先にあるポスターには、『大恋愛』と書かれている。
最近話題になっている恋愛ものの映画だそうだ。
「いいと思います! それにしましょう!」
こうして2人は券売機でチケットを購入して、入場口へ向かう。
画面をタップする指が、いつもよりぎこちない気がしてジークは内心焦った。
「楽しみね~」
2人は嬉しそうに微笑み合いながら座席へ座る。
薄暗い客席。座席の布の匂い。スクリーンの前に広がる静かな期待。
そしていよいよ上映が始まる……。
スクリーンに映ったのは1組の若い男女の出会いと恋愛模様を描いたものだった。
音楽が流れ、光が揺れ、場面が切り替わるたびに胸がざわめく。
2人は映画に釘付けとなる。
時折、映画の中の2人に、集まった客たちが感情移入してしまい涙を流していた。
セレナが小さく息を呑んだり、指先で膝の上のスカートをつまんだりするのが視界の端に入るたび、ジークは妙に落ち着かない。
そしてクライマックスのシーン……。
画面の中で主人公とヒロインがキスするのを見て、ジークは思わずドキッとした。
隣を見るとセレナは瞳を閉じてうっとりとした表情でスクリーンを見つめている。
頬のラインがやわらかくて、まつげが長くて。
(綺麗だな……)
そんな彼女の表情に思わず見とれてしまうジークだった。
やがてエンドロールが流れ始め、映画館内に明かりが灯る。
一斉に戻ってくる現実の音。椅子の軋み。小さな咳払い。
2人は余韻に浸りながらも席を立つ。
そして外へ出るとセレナが口を開いた。
「素敵な映画だった。ああいうふうに大切な人と年を重ねていけたらいいよね」
彼女はそう言って微笑んだ。
その言葉が、胸の奥にゆっくり落ちてくる。
「はい、愛する人とゆっくり過ごしていく……本当に素敵なことだと思います」
ジークがそう答えると、セレナも大きくうなずいた。
「うん! それじゃあ次はどこに行こうか?」
(ここだ。ここで次の手札は――!)
「俺、セレナさんと行ってみたいところがあって……」
2人は映画館を出ると、そのまま街を歩く。
午後の空気は少し暖かくて、人通りも多い。
そんな中、少し歩いて着いたのはゲームセンターだ。
店内から漏れてくる電子音と、派手な光の洪水。
「へぇ~、ジークくんってゲームもやるの?」
セレナが物珍しそうに周りを見ながら尋ねた。
「はい、最近始めたんです! それで……その……一緒に遊んでくれませんか?」
ほんの少しだけ、声が小さくなる。
照れくささをごまかすように、ジークは視線を筐体の方へ向けた。
「うん! もちろん!」
2人は店内に入ってゲームをプレイする。
協力ゲームでは並んでボタンを叩き、対戦ゲームでは「やった!」「えー!」と声が弾む。
あっという間に、いつもの仕事の距離感が薄れていく。
ジークはセレナのいろいろな表情が見たいと思っていた。
落ち着いたセレナが、負けそうになると真剣になって、勝つと子どもみたいに笑う。
「やった! 勝った! ジークくんに勝った!」
そんなセレナの喜ぶ姿を愛おしそうに見つめるジーク。
(こんなにはしゃぐセレナさん、初めて見たな……。可愛い)
一方のセレナもまた、ジークのゲームの腕前に驚く。
特に動体視力を使うゲームや体を動かすゲームでは、抜群の強さを発揮する。
クレーンゲームで大きなクマのぬいぐるみをジッと見つめるセレナを見て、ジークは「もしかして、これ欲しいですか?」と声をかけた。
セレナは恥ずかしそうにうなずく。
「う、うん……。実は、家にぬいぐるみがたくさんあってね。ぬいぐるみとか人形とか集めるの、子供の頃からの趣味なんだ。だから、気になって……」
その俯きながらの告白が可愛すぎて、ジークは一瞬言葉を失いそうになる。
ジークはそのぬいぐるみを取るためにクレーンゲームを始める。1回目、2回目……とうまくいかないジークにセレナは声をかける。
「あの……無理しなくてもいいよ? お金もかかっちゃうし……」
そんな彼女の心配そうな言葉にジークは首を振る。
「いえ! 大丈夫です!」
3回目、ジークはクレーンの挙動やクセ、止まるまでの時間、アームの力の強さ、ぬいぐるみの位置などを完全に見て取る。
目が真剣だ。さっきまでの「わちゃわちゃ」が嘘みたいに集中している。
そして4回目……。
「よし! ここだ! やったぁ!」
ジークは見事大きなクマのぬいぐるみを取ることに成功した。
景品が落ちる「ゴトン!」という音がやけに気持ちいい。
「すごい! ほんとに取れちゃった!」
驚きと喜びで手を叩くセレナ。
その笑顔が、今日は何度も胸に刺さる。
店員さんが取り出してくれたぬいぐるみを、彼女に手渡シタ。
「はい、セレナさん。受け取ってください」
ジークがそう言うとセレナは嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめた。
腕に収まらないサイズなのに、ぎゅっと抱くのがまた可愛い、とジークは目を細める。
「ありがとう! 大事にするね!」
心から嬉しそうに笑う彼女を、ジークはいつまでも見ていたい、もっと見たい、と思うのだった……。
ぬいぐるみを袋に入れてもらい、ゲームセンターを出た2人は帰り道をゆっくりと歩いていた。
袋の中でぬいぐるみがふわふわ揺れて、セレナの歩幅も少しだけ弾んでいる。
「さて、そろそろディナーの時間ですね。ぬいぐるみ大きいし、いったんセレナさんの家に行って置いて来ますか?」
ジークがそう言ってセレナに尋ねると、彼女は少し考えてから言った。
「うん……それじゃあお願いしようかな?」
家に着くとちょうど、彼女の父であるリチャードが買い物から帰ってきたようだった。
紙袋を片手に、玄関先で鉢合わせ。
「お、お父さん!? い、今帰ってきたんだ?」
デート中の姿を父に見られ、少し慌てた様子のセレナにリチャードは優しく微笑みながら近づく。
「あぁ、ちょっと買い物に行ってきたんだ。それよりセレナ、邪魔して悪かったね。ん? それは新しいぬいぐるみかい? セレナの部屋にまた新しいお友達が増えたな」
そう言ってリチャードは娘の頭を撫でる。
セレナはむっとしながらも、どこか嬉しそうだ。
「もう! お父さんっ!」
「マスター、こんばんは! セレナさんの部屋って、そんなにたくさんぬいぐるみがあるんですか?」
ジークの問いに、リチャードは笑いながら答える。
「やぁ、こんばんは。はっはっは! 子供の頃から集めてるからなぁ。そりゃあすごいぞぉ? セレナ、今度ジークさんに見せてあげたらどうだ?」
リチャードがからかうようにそう聞くと、セレナは顔を赤くした。
「ちょっとお父さん! 変なこと言わないでよ!」
「あはは、セレナさん楽しみにしてますね」
その一言が追い打ちになったのか、セレナはさらに顔を赤くしてしまうのだった……。
セレナがぬいぐるみを置いて来たあと、2人はレストランへ向かうことに。
今回はセレナのおススメのお店に行くことになった。
「じゃあジークさん。娘をよろしく頼むよ」
リチャードにそう言われ、ジークは「はい!」と元気よく返事をした。
胸を張るジークに対し、セレナは恥ずかしそうにしながらもジークの腕を掴んで一緒に歩き出す。
リチャードはそんな娘の姿を優しく見送った。
「ここよ。ここの料理、とっても美味しいの。お父さんとよく来るお店なんだ」
セレナに連れて来られた店は、落ち着いた雰囲気の洋食屋さんだった。
店の看板は控えめで、窓からは温かい光が漏れている。
中に入るとふわっとバターとスープの匂いがして、胃袋が鳴きそうになる。
店内に入ると、店員が2人を席へと案内する。2人は窓際のテーブル席に座った。
「いい雰囲気ですね。落ち着いて食事ができそうです」
ジークの言葉にセレナは嬉しそうに笑う。
「ふふ、よかったわ! それじゃあ注文しましょ」
2人でメニューを眺めながら、美味しそうな料理を探す。
ページをめくるたびに「これもいい」「こっちも…」と迷いが増えていく。
けっきょく、数品の料理を注文した。
料理が来るまでの間、2人はおしゃべりをして過ごす。
カトラリーの微かな音、周囲の笑い声、窓の外を歩く人影。
「そういえばセレナさん、この間プレゼントしたネックレス着けて来てくれたんですね」
ジークはセレナの胸元を見つめる。
「うん、とっても気に入ってるから仕事以外では毎日着けてるよ。……ジークくんからのプレゼントだし……」
そう言って恥ずかしそうに俯くセレナに、ジークは胸が締め付けられるような愛おしさを感じる。
言葉より先に体が動いた。
思わず向かいの席に座る彼女の手をそっと握ってしまう。
「ジークくん……?」
セレナは驚いたような表情を浮かべるが、すぐに笑顔になった。
指先が触れ合うだけで、熱が伝わる気がした。
2人の心臓の鼓動が速くなるのがわかる……。
「あの……! 俺……セレナさんのこと……!」
そう言ってギュッと目を瞑るジークの手に力がこもった時、店員の声が割って入った。
「お待たせいたしました~」
2人はパッと手を離すと、店員にお礼を言って料理を受け取る。
皿が置かれる音が、やけに大きく聞こえた。
「ジ、ジークくん、注文した料理が来たよ。とりあえず食べよっか?」
セレナにそう促されて、ジークは頬を掻く。
「そ、そうですね……」
そして2人は料理を食べ始めた。
そんなセレナの首元で、ネックレスがキラリと輝くのだった……。
ジークは自分が伝えようとしていた言葉を頭の中で繰り返し、セレナはジークがなんと言葉を続けようとしていたのかを想像して、互いに顔を赤くするのだった……。
それでも次第に料理の感想や、注文したお酒にまつわる話、今日見た映画の話など会話が弾んでいく。
緊張はまだ残っているのに、不思議と居心地がいい。
2人は時間を忘れてお喋りを続けた。
そしてゆっくり夕食を食べたあと、2人はお店を出る。
夜風が頬を撫でて、熱を冷ましていく。
――冷ますはずなのに、心臓だけはずっと熱いままだ。
「セレナさん。よかったらこのあと、もう1軒行きません? またヒカリさんの居酒屋に」
ジークがそう言うと、セレナは少し考えてからこう答えた。
「うん、いいよ! 私もまだ飲みたい気分だったし!」
2人はヒカリの居酒屋「月光」に向かって歩き出す。
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