第38話「テリーからの連絡、ジークの優しい腕」
そんな日々が数日続く。
夜は「BAR Luminous」で働き、明け方に帰って寝て、起きたら勉強。
そんな生活が当たり前になってきた頃――ジークのスマホが、ぶるっと震えた。
画面に表示された名前に、思わず口元が緩む。
テリーだ。
「ジーク、久しぶり~! ついさっき、法事で親戚の集まりがあってさ。セレナさんに聞いたよ。どうやら勉強もアルバイトも頑張ってるらしいな! 」
(そういえばセレナさんと俺が初めて会ったのは、テリーと夢について大事な話をした時だったんだよな……)
ジークは、セレナと出会ってからの出来事を思い出して感慨にふける。
夜のカウンター、カクテルの香り。
ふとした笑顔に、何度も救われた。
(思えばあれからいろんな事があったよなぁ……)
そんな思い出に浸っていると、テリーのメッセージが続く。
「セレナさんとデートに行ったんだって? 親戚一同驚いてたぞ? "あのセレナちゃんがデート?"ってな。やるじゃないか、ジーク」
ジークは画面を見て、思わず肩をすくめた。
指先でぽちぽちと返信を打つ。
「いやいや、デートっていうか一緒に出かけて飲んだだけなんだけどね」
すぐにテリーから返事が返ってくる。
早い。こういうところ、昔から変わらない。
「いいじゃないか! 2人で朝からお出かけして夜に飲みに行ったんだろ? だとしたらそれは立派なデートだよ! 俺や他の親戚が見るに、セレナさんはジークのこと相当気に入ってるぞ?」
ジークは一瞬、スマホを握る手に力が入った。
(え……?)
照れと嬉しさが同時に押し寄せて、頬がじわっと熱くなる。
「そうかなぁ。そうだったら嬉しいけど。」
するとテリーはさらにこう続けた。
「お前の話をする時、本当に楽しそうなんだよ。よく笑うようになったって、リチャードさんも言ってたし。できればこれからもあの人と仲良くしてやってくれな」
ジークは、セレナが自分に心を開いてくれていることを嬉しく思いながら、返信する。
「うん、もちろん! 俺もセレナさんと話すと楽しいし!」
「おう、よろしくな。ところで話は全然変わるんだけどな。俺、職場の同僚と結婚することになったんだよ」
結婚という言葉を見て、ジークは思わず驚いてしまう。
「え? マジで? それはおめでたい!」
ジークがそう返すと、テリーからすぐさま返事があった。
「はは、ありがとうな! そんでさ……6月の半ばに結婚式があるんだけどさ……」
そこで一度メッセージが区切られて、その後に新たにメッセージが送られてくる。
「なぁジーク、俺のために結婚式のスピーチをやってくれないか?」
そんな突然のお願いに、ジークは戸惑いつつも答える。
画面を見つめたまま、思わず「うぇ」と声が漏れた。
「お、俺でいいのか? スピーチなんてやった事ないし……そもそも結婚式に出席したこともほとんどないから、何喋ったらいいかわかんないぞ……?」
「いや、お前だから頼んでるんだ。俺はさ、一度夢を諦めたんだ。新しい夢が見つかった今は幸せだ。だけどな……。それと同時に、かつての自分と同じ夢を今でも追いかけてる親友がいるってのも、また幸せなんだ。俺はお前にスピーチを頼みたい。そう思ってる」
胸の奥が、じんと熱くなる。
(こいつ、本当にいいやつだよな……)
そんな親友の幸せを祝ってやろうと、ジークも心を決めた。
「うん、わかった。俺でいいなら喜んで引き受けるよ」
「ありがとな、ジーク! 結婚式は6月17日だから、頼んだぞ!」
「おう! 6月17日だな。任せとけ!」
2人は互いに喜んで、その日を待つことにした。
6月24日はケインとアミの結婚式がある。だからちょうど1週間前がテリーの結婚式だ。
その辺りは忙しくなるだろうが同時に思い出に残る日になるだろう。
「みんな結婚してくなぁ~。前の同窓会でも4割くらいは入籍してたっけ」
ジークは、高校の同級生たちを思い浮かべる。
笑い声、制服、夏の匂い。
眩しかった時間が、今でも鮮明によみがえる。
「みんな幸せそうでいいな。俺も……」
そうつぶやいたジークの頭の中にセレナの顔が浮かんでくる。
微笑み。声。ふわっとした髪の香り。
「い、いや! セ、セレナさんの顔が……。ま、まだ早いだろ!」
そんな自分の思考にツッコミを入れて、ジークは頭をぶんぶんと横に振った……。
その夜、お店に出勤したジークはセレナにテリーからスピーチを頼まれたことを話した。
テリーの親戚である彼女ももちろん、結婚式に出席することになっている。
「へぇ、それじゃあ当日はジークくんのスピーチが聞けるのね。ふふ、楽しみ」
セレナは嬉しそうに微笑む。
カウンターの灯りがその頬を柔らかく照らして、いつもより少しだけ近く感じた。
セレナに楽しみにされてはさらに緊張してしまうジークだったが、
それでも夢を諦めたくないという自分の気持ちに気付かせてくれたテリーのためにも、しっかりスピーチしようと心に決めるのだった。
その日も仕事を終えたジークとセレナは、閉店した後に2人でセレナの作ったカクテルを飲んでいた。
店内は静かで、外の気配だけが遠くにある。
氷の音、グラスの触れ合う音、ふたりの息遣い。
「うん、今日も美味しいです! こういう色のお酒もあるんですねぇ……」
ジークはグラスに入った桃色のお酒を飲んで満足げな顔をする。
甘い香りの奥に、すっとした余韻が残った。
「ふふ、ありがとう。いろいろな色のお酒を試して、自分なりのレシピを作ってるんだけど……。ジークくんはどんな味が好き? 」
セレナはグラスを傾けてお酒を飲みつつ、そう問いかける。
視線が柔らかい。
その目を見ていると、なんだか心までほどけそうになる。
「う~ん……セレナさんの作ったこのカクテルは全部美味しいですけど、あえて好みをあげるなら……少し苦味のあるお酒が好きです」
ジークの言葉を聞いて、セレナは嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ、わかったわ! じゃあ今度はちょっと苦味のあるカクテルを作るね」
そんな会話を交わしながら、今日も2人はゆっくりとした時間を共にするのだった……。
「ふぅ、今日はたくさん試作品に付き合ってもらっちゃったね。飲みすぎて具合悪くない? 大丈夫?」
セレナが心配そうに問いかけると、ジークは笑顔でこう答えた。
「全然大丈夫です! セレナさんこそ普段よりたくさん飲んでましたけど、大丈夫でしたか?」
ジークにそう聞かれてセレナは少し照れたように笑う。
グラスを両手で包む仕草が、妙にかわいく見えてしまう。
「うん、大丈夫。でも人前でこんなに飲むのは初めて……。いつもは絶対に気を付けてるんだけど、ジークくんなら安心できるからつい……」
セレナの言葉にジークは少しドキッとする。
信頼してくれている――その事実だけで、胸がふわっと温かくなる。
「そう言ってもらえると俺も嬉しいです。俺がセレナさんの安全を守りますよ! さぁ今日も家まで送りますね!」
そう言ってジークはニッコリと笑った。
「ふふ、ありがとう」
そんなジークの言葉にセレナは笑顔で答える。
そろそろ帰ろうと立ち上がった時、酔いが回ったのかセレナが少し体勢を崩してしまう。
椅子の脚が、きゅっと小さく鳴った。
「おっと!」
彼女をサッと抱き留めるジーク。
肩と腰に手が回り、腕の中に体温が収まる。
ふわり、と甘い香り。
近い。近すぎる。
「ね、俺がセレナさんの安全を守ります! 転んでケガなんてさせませんから! 安心してくださいね」
ジークはそう言って優しく微笑む。すると……。
「あ、あ……あの……」
セレナが顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにジークから目を逸らして呟く。
「ありがと……」
その声が小さくて、胸の奥に落ちてくる。
ジークの中で、何かが跳ねた。
彼女の様子にジークもハッとする。
今自分は、セレナの肩と腰にしっかりと手を回して抱き留めていたのだ。
彼女からふわりといい香りがし、柔らかさと体温を感じてジークも顔を赤くする。
2人の顔も近く、互いの心臓の音が相手に聞こえそうなほどに高鳴っていた……。
「ごごごめんなさいっ!」
セレナの体勢を元に戻して、すぐに手を放すジーク。
「う、ううん。ありがとう……。嬉しかった……」
ジークの様子を見てセレナは微笑む。
彼女の顔はまだ赤いままだったが、もう酔いのせいではなかった。
「そ、それじゃあ行きましょうか!」
2人とも少し気まずい雰囲気になりつつも店を後にして帰り道を歩くのだった……。
((き、緊張したぁ……!))
2人は全く同じことを考えていた。
ジークがセレナの家まで送っていくと、彼女は何か言いたそうに口を開いた。
玄関灯の淡い光が、セレナの頬をほんのり照らす。
「あ……あの……」
ジークが「どうかしましたか?」と聞く前に、彼女はこう続けた。
「あ、明日はお店がお休みだからまた一緒にでかけませんか? あの……2人で……」
セレナは恥ずかしそうにそう呟く。
「は、はい! もちろん!」
セレナの方から実質2度目となるデートに誘われ、ジークも顔を赤くしながらそう答える。
胸の中で、花火が上がったみたいだった。
2人の心臓はまたドキドキと高鳴っていた……。
そして2人は、また少しの間だけの別れの挨拶を交わす。
「それじゃあまた」
「うん、おやすみ……」
短いやり取りだったが、2人にとってはとても幸せな時間だった……。
セレナが家に入るのを確認するとジークはガッツポーズする。
「やった! セレナさんとまたデートだ! 明日はどこに行こうか? 楽しみだなぁ」
そんなウキウキした気分で家にたどり着いたジークは、シャワーを浴びると、夢見心地のまま眠りに就こうとする……。
だが、先ほどのセレナとの触れ合いを思い出してなかなか寝付けない。
(セレナさん、いい匂いがしたなぁ。柔らかかったし……。もっと触れ合いたいな)
ジークは、セレナを抱き留めた時のことを思い出して顔を赤くする。
「って、何考えてんだ俺! 寝ろ! 寝ろ!」
そんな独り言を呟きながら、ジークは必死に眠る努力をする。
枕を抱えて、目を閉じて、深呼吸して――なのに、脳内がずっとピンク色だ。
だが悶々としてしまい、なかなか寝付くことができないのだった。
それはセレナも同じだった。
(ジークくんに抱き留められたとき、心臓がドキドキしてたの、バレてないかな……? 硬くてしっかりした腕と胸板だったなぁ……。細く見えるけど、服の下はたくましいのかも。優しいけど、いざという時は男らしくて……)
そんなことを考えてしまい、顔を真っ赤にするセレナ。
(ジークくんのことを考えると体が熱くなっちゃう……)
「ジークくん……」
セレナはそう呟くと、自分の胸に手を当てて瞳を閉じる。
彼に抱きしめられる想像をする。見つめ合い、そして唇が触れ合い……。
(わぁぁあああ! 何考えてるの私!?)
セレナは1人で顔を真っ赤にすると、枕に顔を埋めて足をバタバタさせた。
「はぁ、もう寝よ……」
そんなセレナもジークと同じように悶々とした気持ちで眠る努力をするのだった……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
次回も読んでいただけると嬉しいです。




