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「あ、あれ?」


「あ!おはよう、相楽ちゃん!!いやぁ…手荒なまねしちゃってごめんね。

これが一番手っ取り早くてさぁ…ラッキーなことに危険性もかなり低かったし」


あ、気を意思なってた時間は5分くらいだから平気だよと軽い調子でいう田中。

山田は不在のようだった。


相楽は目覚めたばかりでぼーっとしていた頭を無理やり働かす。

先ほどまでいた部屋とは違い、この部屋にはベッドが一台と椅子が二脚に床頭台が一つ置いてあるのみの小さめな部屋だった。


「えっと、ここは??」


「あぁ、ここは中山相談事務所の一室。相楽ちゃんの意識がなくなっちゃったからベッドのある部屋に移ってもらったんだ。勝手にごめんね?」


「(そっか。たしか山田さんが日本刀を私に向けてきて、それで…)」


序々に自身に何が起こったのか意識をはっきりさせていく相楽。


「(…そういえば別の部屋に移ったってことは……)

あぁぁっ!ごめん!!私重かったよね!?ベッドに運んでくれてありがとう、田中君!!」


意識の無い人を運ぶってことはお姫様だっこかな?さすがに俵担ぎはないと思うんだけど…。それにしてもこんなイケメンに抱えられてベッドまで運ばれちゃうなんて、なんで私意識手放しちゃったんだろう!!なんて本末転倒なことを考えている相楽に重たい現実が圧し掛かる。


「ううん。運んだのは僕じゃなくて山田なんだ。僕は筋力皆無だからね。こういう力仕事は山田に任せているんだ」


だからお礼は後で山田に言ってあげて?と乙女の夢を見事にぶち壊していく田中。


「…そ、そっか。…は、ははは、……はぁ」


大きくため息をつきテンションダダ下がりな相楽に田中が真面目なトーンで問いかける。


「それで、右手の調子はどう?」


田中の言葉にはっと自身の右手に意識を向ける相楽。

おそるおそる手を握っては開きを繰り返し、ベッドを触って感触も確かめる。

その瞬間相楽は頬を桃色に染め涙目になる。そしてそうっと自分の着ているセーラー服の袖を捲る。


そこには先ほどまであった痣が跡形もなく消えた象牙色の自分の腕があった。


「っ!!!あぁぁっ!!!!」


とうとう涙腺が緩み大粒の涙をぼろぼろとこぼし始める相楽。

田中は声をかけるわけでもなく、泣きやむまで相楽の背中を優しく慣れた手つきで叩くだけだった。









「もぅ本当にごめんなさい。田中君には恥ずかしい所ばっかり見せちゃって…」


顔を赤らめ恥ずかしそうに呟く相楽。


「いやいや、気にしないで。こっちこそ、気のきいたことも言えずにごめんね」


苦笑する田中の顔からその言葉が本心であることが読み取れ、相楽はさらに顔を赤らめる。


「あのっ田中君!!」


「?」


相楽が田中に声をかけたその時、部屋にノックの音が響き渡る。


はいどうぞー、と田中が返事をすると中にマグカップをお盆に乗せた山田が入ってきた。


「おはようございます、相楽さん。こちら、ホットココアになりますがお飲みになりますか?」


多分気が落ち着くように甘いホットココアにしたのだろう。

相楽の泣きすぎて真っ赤に腫れた目に対しては何も触れず、少し心配そうな表情で尋ねる。


「ベッドへ運んでくれたことと言い、ありがとう。山田さん。」


相楽はにっこりとほほ笑むと山田の手からココアを受け取りちびちびと飲み始める。

…美味しい、という相楽の小さい声が静かになった部屋に響いた。









「さて、じゃあ報酬の件なんだけど」


一通り落ち着いた所で田中が相楽に尋ねる。


「あ!ごめん!!報酬は要相談だったよね…。私、お金はあまり持ってなくて。

でも、こういうのってかなりお金かかるんだよね…」


顔を真っ青にしながらおじおずと尋ねる相楽に対して田中は安心してと言う。


「さすがに高校生にそんな大金吹っかけないよ!!だからチラシにも報酬は要相談なんて書いてるんだし…」


そして田中はうぅーんと小さく唸り考え始める。


考えること数分。

そうだ!!と田中はひと際大きな声を出すと笑顔で相楽へと向き合った。


「じゃあ、報酬は今度の町内清掃への参加でどう?一回だけでいいから!」


「え?」


「え?もしかして日曜日部活とかだったら無理しなくてもいいんだけど…」


「うっううん!日曜は部活定休日だからそこは平気なんだけど…。そんなのが報酬でいいの?」


「平気平気。若い子はこういうの参加しないからねぇ…。町内が綺麗になれば気持ちよく生活できるもんね!

あ、もちろん町内清掃は自分家の町内活動でいいからね?」


報酬は山田もそれでいいよね?と首を傾げる田中に対し頷くことで了承する山田。


「それじゃ、決定ね!」



田中の締めくくりの言葉で報酬の話は終わった。









「じゃあ、本当にお世話になりました。二人とも、ありがとう!!」


古い西洋屋敷の玄関先で深々とお辞儀をしながらお礼を言うのは相楽。


「お安い御用だよ!相楽ちゃんに憑いてた憑き物は下級だったからすんなり消滅出来たしね」


「…お客様ですから」


玄関まで見送りに出た田中、山田はそれぞれ相楽へと言葉を返す。


「それじゃあ」


「まだ暗くなる前とはいえ、女性の一人歩きは危ないので十分気をつけてお帰り下さい」


「田中君、山田さん、ありがとう!それじゃあね!!」



互いに手を振り合って帰路につく相楽。

夕焼けに染まった道を一人歩きながらぽつりと呟いた。


「あぁ、田中君にまた来て良いかって言えなかったなぁ。

向こうは仕事だしね…。それに……」



二人とも“またね”とは一言も言ってくれなかった。














次の日から相楽は悩みが解消されたこともあり久々にいい気分で登校した。


「おっはよ~~!瑞穂!!」


「沙希!!おはようっ!!!」


いつものように抱きつき挨拶してきた友人に対しこちらからも抱きつき返す。

相楽のその様子に友人はぼけっとした後安心したように笑みを浮かべて言った。


「良かった!瑞穂、最近元気なかったからさ。何か悩みごとがあるなら相談に乗ったんだけど何も言ってくれないし…。でも、元気になったってことは解決したんだね!!」


そう言い終えると先ほどよりも強い力で相楽の体を抱きしめる。


「…相談しなくてごめんね、沙希。でも、ありがとう!!」


涙腺が緩み泣きだしそうになる顔を隠すように相楽は友人の肩へ顔を埋めた。



友人と二人並んで教室へ向かう相楽に後ろから声がかけられた。


「あっあの!!」


「? どうしたの?」


声をかけてきた少女はメガネにお下げという優等生を絵に描いたような子だった。

上履きは相楽と同じ赤色なのでどうやら同じ2年生らしい。


「これ…あ、あなたのポケットから落ちた気がしたんだけど…。ち、違かったらごめんね!!」


そういって少女が差し出してきたのは折りたたまれたチラシだった。

その紙はわずかにくしゃくしゃになっており、相楽は自身の震える右手で握りしめていたあの館のチラシを思い出した。

…しかし、制服のポケットにチラシをしまった覚えはない。


「あ!ありがとう!!それ、とっても大事な物なの…」


昨日、無意識にポケットにしまってたのかなと思いなおし少女の手から右手でその紙を受け取った。そして、今度は落とさないように鞄の中へとしまう。


「ううん、なら良かった…!じゃ、じゃあねっ!!」


その少女はぺこりとお辞儀を相楽に向けてするとぱたぱたと慌ただしく去って行った。


「…今の子、私と同じクラスの柊さんだ」


「? 沙希、知り合いなの??」


「うぅーん、なんと言えばいいのか。一応挨拶はするけど…」


「そっか」


相楽と友人は少女の話をそこで打ち切り、最近新しく出来たアイスクリーム屋についての話に花を咲かせる。













「珍しいね、日向がそんなことするなんて」


柊は相楽に別れを告げ、廊下を曲がった所でビン底メガネをかけたボサボサ頭の少年に声をかけられる。

柊は一瞬大げさに肩を揺らすと小さな声で三ツ橋君…と呟いた。


「別に学校内で誰もいない場所なんだから朝日って呼んでもいいのに。…しかも僕の前でそんな演技までしなくても良くない?」


ふぅ、とため息をつきながら提案する三ツ橋に柊は軽く睨むと周囲の人の気配を確認し、雰囲気をがらりと変える。


「相楽さん、もう右手は無事に完治した様ですね」


「まさか、それを調べるためにわざわざ?」


「いえ、それはついでです。…何か一つでも形に残る物をあげられたらと」


「それで、テーブルに置いて行ったチラシをわざわざ拾ったフリをして届けたと?」


「……」


「君は良く僕のことをお人よしだと言うけれど、君も大概だと思うよ?」


くすっと笑うと三ツ橋は柊に背を向け自身の教室である2-Cへと向かう。

そして、柊もまた三ツ橋の背中が見えなくなったころ、ゆっくりと自身が所属する教室へと向かって行った。


これにて完結です!

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