3.クローゼットの嵐
翌朝、土曜日の午前九時。 カーテンを開けると、五月の太陽の光が、部屋の隅々まで容赦なく照らし出した。
いつもなら、平日の疲れを言い訳に正午近くまでベッドの中で泥のように眠っているか、あるいは「誰かから連絡が来ていないか」とスマホを握りしめて布団の中でダラダラと過ごす時間だ。 けれど、今日の私は、目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。
「よし、やるか」
私は古いTシャツとスウェットに着替え、髪を一つに結んだ。 今日やるべきことは、スマートフォンの断捨離だけではない。この、私の生き方の縮図のような部屋そのものを、新しく生まれ変わらせる必要がある。
まず向かったのは、クローゼットだ。 扉を大きく開け放つと、ぎっしりと詰まった洋服たちが、私を品定めするように見下ろしていた。
私はハンガーにかかった服を、一枚ずつ取り出してベッドの上に並べていった。 そこにあるのは、私の「迷い」の歴史そのものだった。
例えば、淡いピンク色のシフォンスカート。二十代の終わり頃、「男ウケがいいから」という理由だけで、大して好きでもないのに買った服だ。ウエストが少しキツくなり、今の私の肌のトーンには明らかに浮いているのに、「いつかデートで着るかもしれない」と、ずっと捨てられずにいた。 例えば、胸元が大きく開いた、露出の多いサマーニット。マッチングアプリのプロフィール写真を撮るためだけに購入し、実際の生活では一度も着ていない。
「これは、私じゃない」
私はそれらの服を、迷わず大きなゴミ袋へと押し込んでいった。 ガサゴソと音を立てて、私の「過去の媚び」が袋の中に収まっていく。
代わりにクローゼットに残したのは、仕事の現場で私を支えてくれる、戦闘服たちだ。 仕立ての良いネイビーのジャケット、ラインの綺麗なグレーのテーパードパンツ、清潔感のある白のシルクブラウス。 それらは、男に「可愛い」と思わせるための服ではない。クライアントに対して「この人は信頼できる」と思わせ、自分自身の背筋を伸ばすための服だ。
「これだけでいい」
クローゼットの半分が空になり、風通しが良くなった。衣服が減ったことで、残された上質な服たちが、まるで呼吸を始めたかのように生き生きとして見える。
続いて、洗面台の鏡に向かった。 棚を開けると、そこには使い切れずに底をつきかけた化粧品のボトルや、SNSで「モテる香り」と話題になって衝動買いした香水の瓶が並んでいた。 バニラやムスクの、甘ったるい香りの香水。それを手首に吹き付け、男の反応を伺っていた自分の浅はかさが、急に恥ずかしくなる。
私はその香水をゴミ箱に捨て、代わりに、すっきりとしたユーカリとシダーウッドの、ユニセックスなアロマオイルを棚に置いた。 今の私に必要なのは、男を誘惑する甘さではなく、徹夜の脳を研ぎ澄ませてくれる、清潔な清涼感だ。
最後に、本棚に向かった。 そこには、かつて買い漁った「愛される女性になるための恋愛心理学」や「三十代からの婚活バイブル」といったタイトルの本が、不格好に並んでいた。 ページの端が折られたそれらの本を、私は一冊ずつ手に取り、容赦なく紐で縛り上げた。
「私は、誰かの書いたルールに従って生きるのをやめる」
本を縛る麻紐を、ギチリと強く結ぶ。 部屋の中の不要なものをすべて排出したとき、ゴミ袋は四つにも膨らんでいた。 それらをマンションのゴミ集積所へと運び、部屋に戻ってきたとき、私は額にうっすらと汗をかいていた。
窓からの風が、何にも遮られることなく、部屋の端から端へと通り抜けていく。 枯れかけていたパキラの葉を、ハサミできれいに切り落とす。残された青い茎は、まだしっかりと水を吸い上げる力を残しているようだった。
「すっきりした……」
部屋が広くなったわけではない。けれど、自分の意志でコントロールされた空間は、私に強い安心感を与えてくれた。 中途半端なものをすべて排除したこの部屋は、今日から、私がルミナス化粧品のプロジェクトを勝ち抜くための、「前線基地」だ。




