4.深夜の修正作業
午後十時を回った企画部のフロアで、サブの後輩が青い顔をして私の席へ駆け寄ってきた。翌朝出す集計表の数字が、元データと合っていなかったのだ。
「大月さん、本当に申し訳ありません! 私の確認不足で……」
「いいよ。まずどこから数字が違ったのか、一緒に確認しよう」私は自分の画面を後輩のほうへ向けた。
私は袖をまくり、後輩の画面をのぞき込んだ。数字の出所が違う。まずは集計条件をそろえる必要があった。
「君はこっちのデータを洗い直して。私はグラフの再構築をやる。やるよ!」
「は、はい!」
キーボードの音だけが続いた。時計が午前二時に近づくころ、後輩が数値の出典を突き止めた。私はグラフを直しながら、画面の数字が一度ぼやけるのを感じた。瞬きをしても焦点が戻るまで数秒かかった。
「……大月さん、できました。これなら、通ります」
午前二時十五分。後輩が、完成した資料をプリンターから引き抜きながら、放心したような、けれど晴れやかな笑顔を見せた。
「お疲れ様。よく頑張ったね。明日は直行でいいから、今夜はタクシーで帰りな」
「ありがとうございます! 大月さん、本当にカッコいいです……!」
後輩を送り出した後、私は一人、誰もいないオフィスに残った。 自分のデスクを片付け、パソコンをシャットダウンする。静寂が戻ったオフィスは、昼間の喧騒が嘘のように冷え冷えとしていた。
荷物をまとめ、ビルのエントランスを出る。 深夜の丸の内は、昼間の賑わいが嘘のように静まり返り、高層ビルの明かりだけが、星のように夜空に散りばめられていた。
タクシーを拾い、後部座席に深く身体を沈める。 窓の外を、東京の夜景が高速で流れ去っていく。街灯の光が、ガラス窓を伝う雨粒をキラキラと照らしていた。
(疲れた……本当に、死ぬほど疲れた)
肩は重く、目の奥が痛んだ。やり遂げたことは嬉しかったが、明朝の会議の内容を思い浮かべると、喜びはすぐに薄れた。
ふと、バッグの中でスマートフォンが震えた。 一瞬、かつての癖で「男からの連絡か」と胸がざわついたが、画面を見ると、ルミナス化粧品の担当者からの、深夜の進捗確認に対する返信だった。 『大月さん、夜遅くまでありがとうございます。修正版、拝見しました。素晴らしい出来です。明日のミーティング、楽しみにしています』
私は返信を閉じた。嬉しいはずなのに、スマートフォンを握る手に力が入らなかった。
(明日の朝、起きられるだろうか)
タクシーの窓に自分の顔が映った。髪は乱れ、目の下には影があった。私はスマートフォンに、翌朝の確認事項を三つだけメモした。
車が信号で止まると、私は目を閉じた。運転手に行き先をもう一度尋ねられ、慌てて顔を上げた。




