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まさか幽霊に恋するとは…  作者: 久遠寺大安|不可思議ラボ


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第11話 死んだ少女が僕に隠していた約束

『今度こそ

ちゃんと死んでね』

結衣の声が響いた瞬間

僕の心臓が跳ねた。

二〇八号室の床には

黒い水が広がっていた。

美月が僕の腕を掴む。

「悠真、逃げて!」

しかし足が動かなかった。

目の前の少女が

僕を見つめていたからだ。

十歳の結衣。

白いワンピース。

真っ黒な瞳。

その顔は

泣きそうにも見えた。

「どうして僕が

死ななきゃいけないの?」

僕が尋ねると

結衣は首を傾げた。

「だって約束したでしょ」

「覚えてない」

「いつもそう言うね」

少女は寂しそうに笑った。

「お兄ちゃんは

毎回忘れちゃう」

「結衣!」

美月が叫んだ。

「もうやめて!」

結衣は姉を見た。

「お姉ちゃんこそ

どうして邪魔するの?」

美月は言葉を失った。

「やっとここまで来たのに」

結衣が一歩近づく。

黒い水が波打った。

僕は美月を庇うように

前へ出た。

「僕に用があるなら

美月さんには触るな」

結衣は驚いた顔をした。

そして小さく笑った。

「やっぱり同じだ」

「何が?」

「最初のお兄ちゃんも

そう言ったよ」

胸の奥が痛んだ。

「最初の……?」

結衣は頷いた。

「一番最初に

ここへ来た悠真」

その瞬間

部屋の割れた鏡に

光が走った。

砕けたはずの鏡が

ゆっくり元に戻る。

鏡の中には

十五年前の旅館が映った。

明るい廊下。

行き交う従業員。

笑い声。

そして

二〇八号室の前に

僕と同じ顔の男が立っていた。

「これが最初の悠真?」

結衣は首を振った。

「違うよ」

僕は息を止めた。

「この人は二人目」

美月が震えた。

「結衣……」

少女は構わず続けた。

「最初のお兄ちゃんは

もっと若かった」

鏡の映像が変わった。

そこには

制服を着た少年がいた。

十三歳くらい。

僕の中学生時代と

まったく同じ顔だった。

「これ……僕?」

「そうだよ」

結衣が笑った。

「最初のお兄ちゃん」

僕は鏡に近づいた。

少年は旅館の廊下で

結衣と話していた。

『怖くない?』

少年が尋ねる。

『怖くないよ』

結衣は笑った。

『お兄ちゃんがいるもん』

二人は仲が良さそうだった。

僕は頭を押さえた。

知らないはずの景色。

なのに

胸が苦しくなるほど

懐かしかった。

「どうして僕が

十五年前にいるんだ?」

結衣は答えた。

「だってあの日

本当に来たんだもん」

「十三歳の僕が?」

「うん」

美月が口を開いた。

「そんなはずない」

僕は彼女を見た。

「美月さん?」

「十五年前に

私が会った悠真は

大人だった」

結衣は静かに頷いた。

「だから二人目だよ」

部屋が静まり返った。

「最初のお兄ちゃんは

その前に来てたの」

僕は鏡を見つめた。

少年の僕。

結衣と手をつないでいる。

その瞬間

頭の奥で何かが弾けた。

見知らぬ記憶が

一気に流れ込んでくる。

夏休み。

山道。

古い旅館。

僕は家族旅行で

ここへ来ていた。

父と母。

そして

一人で遊んでいた少女。

結衣だった。

「……思い出した」

僕は呟いた。

「僕、ここに来たことがある」

美月が驚いた。

「悠真?」

「十五年前」

僕は鏡を見た。

「家族旅行で

この旅館に泊まったんだ」

結衣が嬉しそうに笑った。

「やっと思い出したね」

僕の頭に

さらに記憶が戻る。

結衣と遊んだこと。

二人でかくれんぼをしたこと。

そして

二〇八号室の前で

約束したこと。

『絶対に迎えに来る』

僕は息を止めた。

「僕が言ったんだ……」

結衣は頷いた。

「そう」

彼女は僕に近づいた。

「ずっと待ってた」

美月が僕の腕を掴む。

「悠真、駄目!」

しかし僕は

結衣から目を離せなかった。

「何があったんだ?」

結衣は俯いた。

「お兄ちゃんが

帰っちゃったの」

鏡の中で

十三歳の僕が

両親と旅館を出ていく。

結衣は玄関で

手を振っていた。

「その夜ね」

少女の声が震えた。

「私、二〇八号室に

閉じ込められたの」

僕は息を呑んだ。

「誰に?」

結衣は答えなかった。

「ずっと暗くて

誰も来なくて」

彼女の目から

黒い涙がこぼれた。

「助けてって

何度も呼んだ」

美月が泣き始めた。

「結衣……」

「でもお姉ちゃんも

来てくれなかった」

「違うの!」

美月が叫ぶ。

「私は探してた!」

結衣は首を振った。

「遅かったんだよ」

鏡の映像が変わった。

二〇八号室。

暗い部屋。

結衣が床に座っていた。

扉を叩き続けている。

『開けて!』

『お姉ちゃん!』

『お兄ちゃん!』

僕は拳を握った。

そして鏡の中で

少女が倒れた。

動かなくなった。

「やめろ……」

僕は目を逸らした。

結衣が呟いた。

「そのとき

声が聞こえたの」

「誰の?」

「お兄ちゃん」

少女は僕を見た。

「迎えに来るって」

背筋が冷たくなった。

「だから待ってた」

結衣は微笑んだ。

「死んでからも」

美月が膝をついた。

「ごめんね……」

結衣は姉を見なかった。

「それから

大人のお兄ちゃんが来た」

鏡の中に

灰色のパーカーの男が現れる。

「その人は

私を助けようとした」

僕は息を呑んだ。

「でも助けられなかった」

「どうして?」

結衣は静かに答えた。

「もう死んでたから」

鏡の中で

男が少女を抱き上げる。

その顔は

絶望に歪んでいた。

「その人は言ったの」

結衣は目を閉じた。

『もう一度やり直せたら』

僕は男の口元を見た。

『何度でも戻ってくる』

その言葉が響いた瞬間

鏡が黒く染まった。

結衣が続けた。

「その願いを

聞いてくれた人がいた」

「誰が?」

少女は天井を指さした。

「この旅館に

ずっといた人」

美月が顔を上げた。

「まさか……」

結衣は頷いた。

「そう」

その瞬間

天井から

低い笑い声が響いた。

男でも女でもない

奇妙な声だった。

『ようやく

思い出したか』

僕は天井を見上げた。

黒い染みが広がっている。

そこから

何かが滴り落ちた。

黒い水。

結衣が微笑んだ。

「この人が

願いを叶えてくれたの」

僕は叫んだ。

「誰なんだ!」

すると声が答えた。

『名前などない』

天井の染みが

ゆっくり人の形になる。

『ここで死んだ者たちの

願いが集まったものだ』

美月が震えた。

「旅館にいた

従業員たち……」

『そうだ』

声が笑った。

『帰りたい』

『生き返りたい』

『もう一度会いたい』

いくつもの声が

重なって響く。

『その願いが

私を生んだ』

僕は後ずさった。

『そして悠真』

声が僕を呼んだ。

『お前は願った』

「何を?」

『何度でも戻ると』

胸の奥が痛んだ。

『だから私は

お前を戻してやった』

鏡の中に

何人もの僕が現れた。

全員が

同じ旅館へ向かっている。

『だが一つだけ

条件があった』

「条件?」

『戻るたびに

誰かの命を置いていく』

僕は息を止めた。

「そんな約束

してない!」

『最初のお前は

確かに承諾した』

声が笑った。

『そして最初に

差し出したのは』

鏡の中で

灰色のパーカーの男が

美月を抱きしめた。

その胸に

黒い手が伸びる。

『愛した女の命だった』

美月が泣き崩れた。

僕は言葉を失った。

「じゃあ……」

僕は震える声で尋ねた。

「美月さんを殺したのは

僕じゃなくて……」

『お前の願いだ』

声が答えた。

『そして今度は

七人目のお前が

代償を払う番だ』

僕は胸を押さえた。

二つ目の鼓動が

激しく鳴り始めた。

結衣が近づいてくる。

「お兄ちゃん」

その声は

さっきまでと違っていた。

優しく

寂しそうだった。

「もうやめよう?」

僕は彼女を見た。

「何を?」

「何度も戻ってくること」

結衣の目から

普通の涙がこぼれた。

「私、もう

待つの疲れちゃった」

その言葉に

胸が締めつけられた。

僕は膝をついた。

「ごめん……」

結衣は首を振った。

「謝らなくていいよ」

そして

僕の手を握った。

小さな手だった。

「ただ一つだけ

お願いがあるの」

「何?」

結衣は美月を見た。

「お姉ちゃんを

連れて帰って」

僕は息を呑んだ。

「でも結衣は?」

少女は笑った。

「私はもう

帰れないから」

美月が叫んだ。

「そんなの嫌!」

結衣は姉を見た。

「お姉ちゃんは

幸せになって」

その瞬間

天井の声が響いた。

『美しい話だ』

黒い水が

床から噴き上がった。

『だが代償は

まだ払われていない』

僕は立ち上がった。

「僕が払えばいいのか?」

美月が叫ぶ。

「悠真!」

僕は彼女を見た。

「もう誰も

犠牲にしたくない」

天井の声が笑った。

『よかろう』

黒い水が

僕の足元に集まる。

『ならば選べ』

目の前に

二つの扉が現れた。

一つは白。

もう一つは黒。

『白い扉を開けば

美月は生き返る』

僕は息を止めた。

『ただし

お前は完全に消える』

美月が首を振った。

「駄目!」

声は続けた。

『黒い扉を開けば

お前は元の人生に戻る』

僕は黒い扉を見た。

『ただし美月は

永遠にこの旅館へ残る』

結衣が僕を見つめた。

「お兄ちゃん」

小さな声だった。

「今度こそ

自分で決めて」

僕は二つの扉を見た。

白。

黒。

どちらを選んでも

誰かを失う。

美月が僕の手を握った。

「悠真」

彼女は泣いていた。

「私のために

死なないで」

僕は彼女を見た。

そして

ゆっくり口を開いた。

「美月さん」

「なあに?」

「僕、決めました」

その瞬間

白い扉の向こうから

僕自身の声がした。

『開けるな』

黒い扉の向こうからも

同じ声が響いた。

『そっちも駄目だ』

僕は息を止めた。

二つの扉が

同時に震え始めた。

そして

第三の声が聞こえた。

『悠真』

振り返ると

二〇八号室の入口に

一人の女性が立っていた。

見覚えのある顔。

優しい目。

十五年前に亡くなった

僕の母だった。

母は涙を流しながら

こう言った。

「その扉を開けたら

あなたは二度と

本当の家に帰れないよ」

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