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まさか幽霊に恋するとは…  作者: 久遠寺大安|不可思議ラボ


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10/14

第10話 僕が愛した幽霊を殺したのは僕だった

「その人が

私を殺したの」

美月の言葉を聞いて

僕は何も言えなかった。

十五年前の二〇八号室。

そこにいた僕と同じ男が

美月を殺した。

「……本当ですか?」

美月はゆっくり頷いた。

「ずっと覚えてた」

「じゃあどうして

今まで黙ってたんですか?」

「怖かったから」

彼女の目から

涙がこぼれた。

「あなたまで

同じことをするんじゃ

ないかって」

胸が締めつけられた。

「僕は違います」

思わず言った。

「美月さんを

傷つけたりしない」

彼女は悲しそうに笑った。

「その人も

同じことを言ったよ」

僕は黙った。

同じ顔。

同じ名前。

同じ言葉。

自分が誰なのかさえ

分からなくなっていた。

「二〇八号室で

何があったんですか?」

美月は窓の外を見た。

「結衣を探してたの」

彼女は静かに話し始めた。

十五年前の夏。

結衣は十歳だった。

美月とは十四歳違いの妹。

両親を早くに亡くし

美月が育てていた。

「結衣はよく

旅館に遊びに来てた」

「それで?」

「最後の夜

突然いなくなったの」

美月の声が震えた。

「二階から

助けてって声がして」

「二〇八号室……」

「うん」

彼女は頷いた。

「扉を開けたら

結衣が倒れてた」

僕は息を止めた。

「その隣に

あなたがいたの」

「僕と同じ顔の男が?」

「そう」

美月は僕を見つめた。

「その人は

結衣を抱き上げてた」

「助けようとしてた?」

「最初はそう思った」

彼女は唇を噛んだ。

「でも違った」

部屋が静まり返った。

「結衣はもう

息をしてなかった」

美月は目を閉じた。

「私が近づくと

その人が言ったの」

彼女は震える声で

言葉を再現した。

『ごめん』

「それから?」

「私を抱きしめた」

美月の肩が震えた。

「いつもみたいに

優しく」

僕は彼女の手を握った。

「でも次の瞬間」

美月は胸を押さえた。

「ここが痛くなった」

僕は息を呑んだ。

「心臓が?」

「うん」

彼女は頷いた。

「胸の中に

手を入れられたみたいで」

僕は自分の胸を見た。

そこには

まだ薄い痣が残っていた。

「その人は泣いてた」

美月は続けた。

「何度も謝りながら

私を抱きしめてた」

「それで……」

「気づいたら

私は死んでた」

長い沈黙が流れた。

僕は美月を見つめた。

彼女は涙を拭った。

「だからね」

小さな声だった。

「あなたを好きになるのが

怖かったの」

僕は何も言えなかった。

「また同じ顔の人を

好きになって」

彼女は苦笑した。

「また殺されるかもって」

僕はそっと

彼女を抱き寄せた。

「僕は殺しません」

美月が顔を上げた。

「絶対に」

彼女は僕の胸に

顔を埋めた。

「……信じたい」

その言葉が

何より嬉しかった。

でも同時に

恐ろしくもあった。

僕と同じ顔の男が

彼女を殺した。

その事実は

消えないのだから。

午後四時。

僕たちは

旅館へ行くことにした。

美月は反対した。

「危険すぎるよ」

「でも二〇八号室に

答えがあるんですよね」

彼女は黙った。

「僕が消える前に

確かめたいんです」

しばらくして

美月は頷いた。

「分かった」

僕は車の鍵を取った。

美月が驚いた顔をする。

「運転できるの?」

「免許ありますよ」

「そうじゃなくて」

彼女は僕の手を見た。

「今の身体で」

僕は指先を見た。

少し透けていた。

「……大丈夫です」

そう答えたものの

自信はなかった。

車に乗ると

美月が助手席に座った。

シートベルトを締める。

その姿を見て

僕は思わず笑った。

「幽霊も

シートベルトするんですね」

「今は幽霊じゃ

ないかもしれないし」

美月が笑った。

その笑顔に

少し救われた。

車を走らせる。

山道に入る頃には

空が赤く染まっていた。

「悠真」

美月が窓の外を見ながら

小さく言った。

「もし全部終わったら」

「はい」

「普通のデート

してみたいな」

僕は彼女を見た。

「どこに行きたいですか?」

「海」

彼女は即答した。

「十五年間

一度も見てないから」

僕は笑った。

「じゃあ行きましょう」

「本当?」

「約束します」

美月は嬉しそうに

僕の手に触れた。

その温かさが

今は少し怖かった。

僕の身体から

奪われたものなのか。

そんな考えが

頭をよぎったからだ。

午後五時半。

廃旅館に到着した。

建物は相変わらず

不気味に静まり返っていた。

割れた窓。

伸び放題の雑草。

朽ちた看板。

『月あかり』

美月が立ち止まった。

「懐かしい……」

僕は彼女の手を握った。

「行きましょう」

旅館の入口を開ける。

湿った空気が

顔にまとわりついた。

ロビーには

古いソファが並んでいた。

埃をかぶった受付。

止まった時計。

僕たちは階段へ向かった。

一段上るたび

胸が重くなった。

二階の廊下。

赤い絨毯。

頭の中で見た景色と

まったく同じだった。

「ここだ……」

僕は呟いた。

美月が頷いた。

「二〇八号室は

一番奥」

僕たちは歩き始めた。

二〇一。

二〇二。

二〇三。

部屋番号を確認しながら

進んでいく。

二〇六号室を過ぎたとき

廊下の奥から

子どもの笑い声がした。

「お兄ちゃん」

僕は足を止めた。

美月が僕の腕を掴む。

「聞こえた?」

「はい」

「結衣の声……」

僕たちは顔を見合わせた。

二〇八号室の前に着く。

扉には

古い鍵がかかっていた。

僕はドアノブを回した。

開かない。

「どうします?」

美月は扉を見つめた。

「十五年前は

鍵なんてなかった」

その瞬間

扉の向こうから

小さな声がした。

「お姉ちゃん」

美月の顔が変わった。

「結衣……?」

「開けて」

美月が扉に触れた。

「結衣なの?」

「うん」

幼い声が答えた。

「ずっと待ってた」

美月の目から

涙がこぼれた。

「ごめんね……」

彼女がドアノブを回す。

すると鍵が外れた。

カチャ。

扉がゆっくり開いた。

部屋の中には

小さなベッドが二つ。

古いテレビ。

割れた鏡。

そして窓際に

白いワンピースの少女が

立っていた。

「結衣……」

美月が駆け寄ろうとした。

僕はその手を掴んだ。

「待って!」

少女が振り返る。

顔は

写真で見た結衣だった。

けれど

その瞳は真っ黒だった。

「お姉ちゃん」

少女は微笑んだ。

「やっと来てくれたね」

美月は震えていた。

「結衣……」

「ずっと寂しかったよ」

少女が一歩近づく。

その足元には

黒い水が広がっていた。

僕は美月を

後ろへ引いた。

「美月さん

近づいちゃ駄目です」

少女が僕を見た。

「どうして?」

首を傾げる。

「お兄ちゃんは

私が嫌いなの?」

僕は答えなかった。

すると少女は

悲しそうに笑った。

「また忘れちゃったんだ」

「何を?」

少女は僕を指さした。

「約束」

胸が痛んだ。

「どんな約束?」

少女は微笑んだ。

「私を一人にしないって」

その瞬間

部屋の鏡が

大きく揺れた。

鏡の中に

十五年前の光景が映る。

若い美月。

小さな結衣。

そして

僕と同じ顔の男。

三人は

楽しそうに笑っていた。

「これは……」

美月が呟いた。

少女は鏡を見つめた。

「覚えてないの?」

僕は首を振った。

「この人は

私のお父さんだよ」

時間が止まった。

「……何?」

僕は少女を見た。

結衣は笑っていた。

「お兄ちゃんじゃないよ」

彼女は

僕と同じ顔の男を指さした。

「十五年前に

私を迎えに来た人」

美月が叫んだ。

「違う!」

少女は首を傾げた。

「どうして?」

美月の声が震えた。

「結衣のお父さんは

ずっと前に……」

その瞬間

鏡の中の男が

こちらを向いた。

そして

ゆっくり笑った。

『やっと思い出したか』

僕の頭の中に

男の声が響いた。

『十五年前に

お前が殺したのは』

鏡の中で

男が美月を抱きしめる。

そして

その胸に手を伸ばした。

『美月だけじゃない』

僕は息を止めた。

男は

僕を指さした。

『お前自身だ』

その瞬間

鏡が砕け散った。

部屋の床に

黒い水が溢れ出す。

結衣が笑った。

「おかえり」

そして

僕の胸の奥から

二つ目の鼓動が

激しく鳴り始めた。

『最後の悠真』

少女の声が

頭の中に響いた。

『今度こそ

ちゃんと死んでね』

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