9.孤児院
レーゲンを発って1週間くらい。
カウフブの町が近付いてきた。
カウフブは、街道から山側に入った大きくない町だ。
でも街道上の大きな2つの街、ランツとメミンクの両方と道がつながっている。
また、冒険者協会がある。
「子どもがいますね」
「薬草採取かな。…角兎!」
とっさに走る。間に合わないな。
「〈石針〉!」
足を止めて撃った。
手を向けたまま、着弾を見届ける。
外れたら追撃する。
角兎は子どもに集中していたのか、寸前まで〈石針〉に気付かなかった。
そして、当てる意識が強過ぎたのか、5本の石針は収束して全弾当たってしまった。
子どもの周りを見るが、他に魔獣は見当たらない。
周囲に気を配りながら、ケンと歩いて近付いていった。
子どもは10代前半の女の子で、身形はわたしが持ってるボロ着と同程度にはボロくて、少し寸足らずだった。
村ならともかく、町の子としてはみすぼらしめ。
でも清潔感はある。
「びっくりさせてごめんね」
「いえ、ありがとうございます」
「薬草採取してたの?」
「はい」
「角兎、よく出るの?」
「襲われそうになったのは初めてです」
「そっか。勝手に倒しちゃったけど、自分で何とかできたかな?」
「いえ、武器はこれしか持ってないので助かりました」
採取用のヘラを掲げた。
それだと、飛びかかってくる所を冷静に口に突っ込むしかないかな。
「それなら良かった。まだ採取続けるの?」
「いえ、帰ります」
「じゃあ、一緒に行くね。冒険者協会の場所教えてくれないかな?」
「はい」
「話し掛けられたら作業できないよね。ちょっと黙るね」
「ありがとうございます」
話している間、ケンが血抜きしてくれてた。
もちろん穴だらけだった。
荷物をまとめた子どもと3人で町に向かう。
子どもの名前はハナ。
「その薬草はどうするの?」
「教会に持ってかえります」
「ハナは教会に住んでるの?」
「はい。孤児院です」
「孤児院と冒険者協会、どっちが近い?」
「孤児院です」
「じゃあ、案内は孤児院まででいいよ」
「いえ、孤児院に荷物置いてから案内します」
「ありがとう。話し方、とても丁寧だね」
「職に就けるように練習しています」
「そうなんだ」
町の入り口で門衛が声掛けてきた。
「ハナ、なんかあったか?」
「角兎出て、助けてもらいました」
「そうか。冒険者証見せてくれ」
指輪を渡す。
「銅級の、レナとケントね。ようこそ」
「ありがとう」
指輪を返してもらって町に入り、3人で歩く。
こじんまりとした教会に着いた。
「ここです。荷物置いてきますので待っててください」
「わかった」
ハナが教会に入っていく。
代わって、墨色の衣を纏った聖職者が出てきた。
髪も墨色の、若い女性だ。
何だか清貧って言葉通りの風情だ。
「この教会を預かっていますエリといいます。ハナを助けていただいてありがとうございます」
「どういたしまして。不勉強で申し訳ないのですが、あなたのような聖職者の方の、職業と言うか役職と言うかは、何と言うのでしょうか」
「私は神官です。ですが、宗教も様々ですから、その度に尋ねるのは正しいと思います」
「わかりました。ありがとうございます」
「私も若輩の身ですから、その様に丁寧に話さなくて大丈夫ですよ」
「わかった。ありがとう」
「お待たせしました」
ハナが戻ってきた。
冒険者協会に向かう。
「毎日十分食べられてる?」
「はい。毎日3食食べています」
「そっか。何か困ってることある?」
「いえ。特にありません」
「そっか」
「ここです」
「ありがとう。助かったよ。後で教会にちょっと顔出すね」
「わかりました。では失礼します」
「うん。ありがとう」
冒険者協会の建物に入る。
受付は若い女性だった。
この規模の町では珍しいと思ったけど、それだけ魔獣が多くて仕事があるのかもしれない。
「あの穴だらけの角兎、孤児院にあげようかと思ったんだけど、理由がないかな?」
「教会への寄進は、理由がなくても良いのではないでしょうか」
「そっか。あげていいかな?」
「どうぞ」
「ありがとう」
受付嬢に話し掛けた。
「こんにちは」
「こんにちは」
「茶狼と角兎売りたいんだけど」
「ではあちらの解体場へどうぞ」
「ありがとう」
解体係は、やっぱりおじさんだった。
「茶狼と角兎。魔石は抜いてある」
「じゃあ、ここに頼む」
ケンが出してくれた。
「初めて見る顔だが、いい腕だな。これ持って受付行ってくれ」
査定票をもらった。
「ありがとう。この辺って強い魔獣いる?」
「山の方に半日から1日行けば牙猪も茶熊もいるな。すぐに会えるとは限らんが。もっと奥まで行けば、赤熊も金熊もいる」
「腕と性格に問題なければ、1年とかで銀級なれるかな?」
「獲物は、十分いるな」
「そっか。ありがとう」
受付に査定票を渡して換金した。
依頼票見たが、討伐依頼はない。
採取依頼はあるけど、高価な物はわたしではわからない。
「牙猪とか茶熊探してみる?」
「そうですね。先ずは一泊くらいの予定で行ってみますか」
「うん。わたしはこの後教会行くけど、ケンはどうする?」
「では一緒に行きます」
とりあえず真っ直ぐ教会に行った。
「こんにちは」
「こんにちは。ハナから聞いていました。どうしましたか?」
「魔石を抜いた角兎を寄進したいんだけど、いいかな?ちょっと穴だらけなんだけど」
「ありがとうございます。ではこちらへ」
礼拝堂の横の扉から外に出ると、東屋に石壇があった。
礼拝堂で出したら血が垂れちゃうかも、と心配してたので良かった。
「こちらへお願いします」
「はい」
ケンが置いてくれた。
「あなたがたに、幸多からん事を願います」
手を組んで祈ってくれた。
「こちらのお肉を夕御飯にしますが、一緒にいかがですか」
ケンと顔を見合わせた。
ケンが小さく頷いた。
「では、お言葉に甘えます」
「いえ。こちらこそありがとうございます」
エリさんがハナを呼んだ。
「こちらを頂いたので、ダンさんの所で捌いてもらってください」
ハナがこっちを向いてお礼を言った。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。じゃあわたしが運ぶよ」
ハナがエリさんの方を見た。
「お言葉に甘えます。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
わたしの魔法鞄に仕舞った。
黒狼は入らないけど、角兎なら問題ない。
「屋根だけで宜しければ、今晩お貸ししますよ」
ケンとアイコンタクトする。
「ありがとうございます。お世話になります」
「ありがとうございます。寝具は自分達で持っていますので、屋根だけお借りします」
「ケンはこの後どうする?」
「町を1刻くらい歩いてみます」
「わかった」
ハナと2人で肉屋に行って捌いてもらった。
ふと気になって、肉屋の手間代どうなっているのかハナに訊くと、毛皮やお肉で相殺してくれるのだそうだ。
なるほど。
教会に戻る途中、色々訊いてみた。
「身体を洗うのってどうしてるの?」
「洗い物する部屋があって、そこでたらいで洗います」
「水は冷たい水?」
「生活魔法で出す普通の水です」
「あの薬草はどうするの?」
「エリ姉さんが薬にします」
「へー。凄いね」
教会に戻って、あてがわれた部屋で物思いにふけっていると、ケンが来た。
「戻りました」
「おかえり。何か変わったのあった?」
「いえ。特には見ませんでした」
「そっか」
「そちらは?」
「うーん。色々面倒を見たくなっちゃって、距離感がわからない」
「そうなのですか」
「わたしがいなくなった後、ギャップで苦しむのも困るし」
「はい」
「とりあえず、わたしがお湯を出せるのを、エリさんに見せようと思ってる」
「はい」
「やり方を教えるかは、まだわからない」
「はい」
2人でこれからの事を話していると、エリさんが来た。
「夕御飯ができましたので、どうぞ」
「「ありがとうございます」」
エリさんの後に着いて、食堂に行く。
大卓に、子ども達が5人着いていた。
ハナが1番年長で、女子3人、男子2人。
「作法は、私達に合わせる必要はありませんので自由にどうぞ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「こちらのレナさんとケンさんからお肉をいただいたので、お代わり沢山ありますよ」
子ども達の歓声が上がる。
「ありがとうございます」
「ありがとう!」
「では、いただきましょう」
エリさん達は手を組んでお祈りしている。
わたしは手を合わせて心の中で言った。
(いただきます)
お肉の割合が凄く高いシチューと、パンだった。
「おいしい!」
「ありがとう!」
子ども達は満面の笑みで食べている。
(お肉もらったからって、使える野菜増えないよね)
わたしは複雑な思いだった。
「御二人は、どういう予定でしょうか」
「何日か、山の方に行って狩りをするつもりです」
「2人なのですか?」
「はい。わたし達は2人共、それぞれで魔法で身が守れるので」
「そうなのですか。それなら安心ですね」
「心配ありがとうございます」
…何となく丁寧語になってしまう。
聖職者に対する遠慮だろうか。
「部屋は、何日でも貸しますのでどうぞ」
「ありがとうございます」
「たらいは、部屋に持っていきましょうか?」
「あ、その事で、後でお話があります」
「そうですか。では後で部屋に行きますね」
「よろしくお願いします」
食事を終えて、部屋に戻った。
扉は開けたままにしておく。
ほどなくして、エリさんが来た。
「お話はなんでしょう」
「エリさんは、お風呂ってわかりますか?」
「……聞いたことはあります。大きな湯桶にお湯を溜めて、それに浸かるそうですね」
「はい。わたし、魔法でお湯が出せるので、迷惑でなければ提供したいのですが」
「…折角ですから、子ども達に経験させるのも良いかもしれません。お願いします」
「はい。湯船も、魔法で一時的に出します」
「ありがとうございます。子ども達の世話は大丈夫ですので、湯桶とお湯だけお願いします」
「わかりました」
「では、子ども達の準備ができたら呼びますね」
「はい。あ、洗い場に、先に湯船作っておきます」
「ありがとうございます」
エリさんが立ち去った。
ケンと2人で洗い場に行く。
床が石造りで排水用の溝がある部屋だった。
そこに、不透明の結界で湯船を作って部屋に戻った。
子ども3人が入れる大きさにした。
「今更だけど、この国でお風呂ってどれくらい一般的なの?」
「高位貴族の屋敷にはあるらしいです」
「男爵とか子爵の家にはない?」
「多分」
「じゃあ、大貴族の使用人ならともかく、普通の人は聞いたこともないってこと?」
「だと思います」
「……まあいいや。発動語どうしよう」
「〈給湯〉でどうでしょう。普段聞かない言葉ですが」
「特殊っぽくて逆にいいね。採用」
しばらくして、エリさんが呼びに来た。
「お湯を出すのに立ち会ってください」
「わかりました」
洗い場に入って扉を閉めた。
お湯の温度と量をイメージしてつぶやいた。
「〈給湯〉」
どぼっと一瞬で溜まる。
エリさんは少し目を見開いていた。
手を入れてかき回してみる。
適温だ。
「熱かったら水足してください」
「はい」
「あと、合間にお湯足すので声掛けてください」
「ありがとうございます」
扉を開けて出ると、ハナを筆頭に女の子3人が来てた。
脱衣所はない。
普段は水だから、洗い場内の棚に着替えを置いても、湯気で湿ったりしないのだろう。
あとはエリさんに任せよう。
ハナ達が上がってきたので、お湯を足しに行った。
いや、全部抜いて入れ直そう。
「ありがとうございます」
服を着たままのエリさんに言われた。
「どういたしまして」
男の子2人も入って上がった。
「エリさんは、いつ入りますか?」
「御二人の後でも良いでしょうか?」
「はい。上がったら声掛けます」
「ありがとうございます」
ケン、わたしの順に入った。
わたしはまともな部屋着がないので、洗って乾かした肌着の上に貫頭衣を着て、ボロいズボンを穿いた。
この前買ったワンピースでは立派過ぎる。
エリさんに声を掛けた。
「上がりました。少し熱めにしてあります」
「ありがとうございます」
「わたし達は先に失礼します。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
部屋で明日の予定を確認して、不透明の結界で衝立作って寝た。




