石矢
ぐっすり眠って目が覚めた。
部屋の結界を解いて窓を開ける。
丁度日の出くらいの明るさだ。
結界で樋を作って、湯船の水を窓から捨てる。
自分で作った水は、魔法で楽に動かすことができる。
一旦窓を閉めて、いつもの格好に着替えた。
一通り準備を終えたので、窓と扉を開けておく。
荷物を結界で包んで、トイレに行った。
この世界のトイレはいわゆるぼっとん。
でもスライムのおかげで意外とキレイで、悪臭もない。
逆に言うと、人糞堆肥はないのだろう。
農村でもスライム式トイレだった。
扉を開けたまま部屋にいると、ケンが通りがかった。
「おはようございます」
「おはようございます」
「身支度済んでいるのですね」
「はい。どうします?」
「うーん。この時間でもやってる屋台で適当に済ませますか?」
「午前中、たいして動かないでしょうし、適当で大丈夫でしょう」
「では少し準備してきます」
「はい」
手槍を持って外に出た。
「昨日言うの忘れたんですが、お湯出せました?」
「練習してできるようにはなったのですが、練習で出したぬるいお湯でたらいが一杯になってしまったので結局沸かし直しました」
「ああ。やはりそうなりましたか。あの、結界で湯船作ると快適です」
「ああ! なるほど」
シチューの屋台はやってた。
でも若い人が店番してた。
息子さんかもしれない。
二人分買ってもらって移動する。
移動しながら温めた。
「いつでも暖かいものを食べられるのは良いですね」
「本当に」
「野営でも毎日お風呂に入れるようになるし、幸福度がとても上がります」
「物語では、時間遅延の魔法鞄なんてあって、熱々の汁物を大鍋で買って溜め込んでたりします」
「時間遅延の鞄は聞いたことないですね」
「はい。他には、時間停止の収納魔法とか」
「シューノー魔法…? ああ、魔法鞄の魔法版ですか」
「はい」
「魔法鞄があるのですから、収納自体はできておかしくないのですね。レナはできますか」
「残念ながら。
魔法鞄を持ってないわたしにとっては、収納ができれば収入が飛躍的に増えます」
「はい」
「ですが、発想が間違っているのか、適性の問題なのか、魔力操作の問題なのか、全くお手上げです」
「なるほど。簡単ではないのですね」
門近くの焼きソーセージの屋台に来た。
全粒粉をただ水で溶いて焼いた生地で巻いて渡してくれる。
日本のお祭り屋台で売ってた、割り箸に巻いた具なしお好み焼きみたいな感じ。
近くのベンチで食べることにした。
手で持って食べながら町を出ていく人も多い。
「ソーセージがしょっぱめなので、味なしの生地で丁度いいですね」
「はい。手軽ですし、朝早い時は毎回ここでも良いかもしれません」
食器を軽くゆすいで、町を出た。
「今日は〈石矢〉を撃つんでしたね」
「はい。お願いします」
1間四方の石壁を建てて、その前に色を変えた2寸✕4寸の石壁を建てた。
結界なら無色透明にもできるが、わたしが作る結界はわたしの〈石槍〉で壊せる強度しかない。
十分な厚みの石壁の方が丈夫だ。
10間ほど離れたところで説明する。
「当たるまで目標を見ていると命中率上がります」
「真っ直ぐ手を伸ばして向けるとやりやすいでしょう」
「手のひらを向けるか指先を向けるかは、試してみてください」
「魔力を前腕に溜めます」
「大きさと速さをイメージしながら、魔力を放出しつつ、〈石矢〉と唱えます」
「ではやってみせますね」
もう一度説明しながら魔力を腕に溜め、発動した。
「〈石矢〉」
シュッズガン
「速!?」
「新幹線をイメージして、40間を1拍です。クロスボウもこれくらいの速さだと思います」
「70m/s… 獲物、吹き飛びませんか?」
「貫通したので大丈夫でした」
「なるほど…」
「大鬼とか牙猪を想定しています。
見たことないですけど。
普段は、〈石弾〉を使います」
「ですよね…」
「練習方法を理解するには、〈石弾〉や〈火矢〉よりもこちらの方が良いと思いました」
「なるほど」
「ではやってみてください」
「はい」
的に正対して人差し指を向けた。
「〈石矢〉」
シュッ、ガン
「できてますね。どれくらい魔力使いました?」
「前腕に溜めた魔力1つ分です」
「ではそれを半分にしてください」
「わかりました」
「〈石矢〉」
シュッ、ガン
「魔力を半分にしても速さ変わりませんでしたよね。威力は減ってません。更に半分にしてください」
「〈石矢〉」
シュッ、ガン
「安定してますね。的を小さくしてきます」
魔力を抜いて石壁を崩し、1尺✕2尺で作り直した。
「更に半分に減らせます?」
「〈石矢〉」
シュッ、ガン
「いけますね。今、どれくらい魔力使ってます?」
「これくらいです」
人差し指と親指を1寸半くらい離して手首に当てた。
「1寸くらいに減らせます?」
「〈石矢〉 あ!」
「発動しませんでしたね。
一旦、さっきの量に戻してください」
「〈石矢〉」
シュッ、ガン
「ひとまずこの量に決めて練習しましょう。回転させると直進性が増すのでやってみてください」
「〈石矢〉」
「できてますね。では距離を倍にします」
10間ほど下がった。
「ここから撃ってください」
「〈石矢〉」
シュッ…カン
「いけますね。速さも上がりました。わたしが前に見た〈石矢〉もこれくらいでした。
では魔力の使用量を維持したまま更に速さを上げていってください。現状、この距離で目で見て躱せなくはない程度ですから。
その練習中、的から全然外さないようなら、更に10間下がってください」
「わかりました」
「さて、わたしはどうすれば良いでしょう」
「魔力を極力薄く纏って、1日中発動したままにできるようになるのが目標です。
その通常状態で、防御力や魔法防御力がイメージで上がるのかも検証したいですね」
「はい。二人いれば検証楽ですね」
「ではお互いそんな感じで」
「はい」
わたしもこれまで、それなりに魔法を探求してきた。
冒険者の中では、かなりの位置にいると思う。
それでも身体強化を思い付かなかったように、一人では抜けだらけだ。
二人なら、きっと飛躍的に進むだろう。
その後2刻ほど練習して町に戻り、お昼を食べた。
「何のお店見ましょうか」
「あ。武器屋行きたいです」
「では行きましょう」
武器屋は、町の外れにあるらしい。
「身体強化を身に付ければ、武器・防具の質の重要度減りますね」
「はい。当分、この銅級らしい装備のままな気がします」
「他にお金が回せるので助かります」
「武器屋で何を見るのですか?」
「ケンに近接戦闘を教えてもらいたくて、根を買いたいんです。
持ち運びは魔法鞄頼りになってしまうんですが」
「いいですね。身体強化を確認するのにも良さそうです」
「ありがとうございます」
「あ、そうそう。もっと砕けた言葉遣いで良いですよ。私はこれが素ですが」
「そうですか? では、ありがとう」
「どういたしまして」
こじんまりとした武器屋に入る。
「こんにちは」
「おう。…初心者以外で新顔の冒険者とは珍しい」
「やっぱり、この町ではそうなんだ」
「仕事がないからな」
「だよね」
「どんな用だ?」
「根が欲しい」
「訓練用で良けりゃ、そっちだ」
根や木剣が空樽に刺さってた。
「持ってみて良い?」
「ああ。その樽の中のは好きに振っていい」
今使ってる短槍と同じくらいの長さの根を取る。
…良くわからない。
「何に使うんだ?」
「短槍の訓練で模擬戦したくて」
「うーん。大分バランスが違うぞ」
「だよね」
「先に、少し重り足すか?」
「そうしてくれるなら助かる」
「そりゃ商売だからやるさ」
「いくら?」
「その槍預かって、ちゃんとやるなら全部で大銅貨7枚。預からんでテキトーにやるなら6枚」
「じゃあ預ける」
「おう」
「では、私のもお願いできますか?」
「2本ならまとめて大銅貨13枚でいいぞ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「明日の夕方でいいか?」
「うん」
銀貨1枚と大銅貨3枚出した。
この町に来て、お金使うの初めてだ。
槍を預けて手ぶらで店を出た。
「この支払いはわたし持つよ」
「うーん。そうですか?
…ではお言葉に甘えます。
ありがとうございます」
「どういたしまして」
「少し早いかもしれませんが、詰所に行ってみますか?」
「うん。そうだね」
「物語に出てきて、役立ちそうだけど実現できていない魔法には、どのようなのがありますか」
「収納と、鑑定」
「かんてー… ああ、鑑定。物の価値がわかるのでしょうか」
「うん。あとは索敵系。索敵、気配感知、敵意感知、生命感知、魔力感知とか。
一応、こっちから魔力当てれば魔力の反応はわかるけど、相手にも気付かれるんだよね」
「なるほど。物語の中で、習得方法の例はありますか」
「最初から使えるというの以外では、その能力を何度も使おうとするってのが一般的かな」
「攻撃魔法や結界と違って、漠然としてますね」
「うん。イメージしづらいね。
あとは瞬間移動。転移とか」
「転移は、ちょっと怖いですね」
「うん。この世界でそういう魔法を使える人がいるとわかってれば、まだ試す気になるんだけど」
「ゲームでさえ、転移に失敗するとかありました」
「ハエと混ざっちゃう映画もあった。
魔法じゃないけど」
話しているうちに詰所に着いた。
「こんにちは」
「おう。町長に話通ったから渡せるぞ」
「ありがとうございます」
引出しの鍵を開けて、次々と机に並べた。
書類を指し示しながら説明してくれる。
「こいつがこないだの見積もり。これが換金するやつの合計。これが引き取るやつの合計で、その1割がこれ。相殺して、これ。他に、奴らの現金はそのまま渡す」
馬と馬車が高価で、投げ売り状態でもかなりの額だ。
それ以外で換金頼んだ物は誤差みたいなものだ。
魔法鞄の引き取り手数料を差し引いても、結構な額になってる。
「金貨と銀貨だ。確認してくれ。袋は奴らのだ。いらなかったら捨ててくれ。奴らの金は全部ごちゃ混ぜでこいつだ」
革袋が3つ並んでいる。
「では確認しますね。
レナ、これ数えて貰えますか?
銀貨以上だけ数えて、大体の額がわかれば良いです」
「うん」
奴らの現金を数える。
大銀貨5枚に、銀貨が43枚。
他に大銅貨と銅貨。
「ざっくり言って、大銀貨で10枚ちょっと分、11枚にはいかないと思うよ」
「合ってますね。お金は確認できました」
「おう。物は、毛布5枚と魔法鞄が1級と初級だけだな。これだ」
「大きさを確認したいので、槍か短槍か、何か長いものお借りできませんか」
「おう」
壁に立て掛けてあった短槍を貸してくれ、ケンが魔法鞄に入れて大きさを見ている。
1つは6尺くらいの短槍がすっぽり入って、1つは少しはみ出す。
初級と、少なくとも1級。
毛布は、ちらっと数だけ確認。
「確かに」
「じゃあここに名前くれ」
「はい」
「よし。これで全部終わりだ。何か聞きたいことあるか?」
「いえ。ありません。ありがとうございました」
「おう」
毛布はケンが魔法鞄に入れた。
魔法鞄は、他の魔法鞄に入れることはできないので背負い袋に入れ、詰所を出た。
「とりあえず宿に戻りましょう」
「うん。毛布洗わないとね」
「はい。洗濯機みたいに、桶の水を魔法で掻き混ぜることはできるのでしょうか」
「〈石矢〉みたいに、発動時に動かすのは簡単。
自分で生み出した静止してる物を動かすのは、魔力使うけど簡単。
自然物を動かすのは、かなり魔力使って簡単じゃない」
「なるほど」
「あ、そうだ。他人が作った物動かすのってどうなるのか気になってた。後で手伝って」
「興味深いですね、わかりました」
「自分で出した物も、時間が経つにつれて動かしにくくなるよ。
自分の魔力が抜けてくとかそんな感じかと思ってる」
「となると、他者が作った物は、より動かしにくいのでしょうか」
「そう予想してる。まさか他人が撃った〈石矢〉が、簡単には動かせたりしないだろう、と」
そんな話しをしながら宿に帰った。




