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現代社畜のダンジョンコンサル  作者: 珍比良


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失敗-プレゼンテーション-

 陽の光を大事なものだと認めこそすれ、貴重だと感じて価値を見出す人間はいないのだろう。程よい日光が1Pで購入できるという事実は、地下に(こも)って働かざるを得ない僕の心身を大きく支えてくれている。


 自室で陽の光を浴びつつ、いつものラジオ体操で頭と身体を覚醒させたら新しく購入したスーツへと着替える。

 鏡を見ながら身だしなみをチェック。整髪料を手に馴染ませ、軽く髪を整える。人の美醜など判断がつかないとリーサルさんは言っていたが、雑然とした風体よりは好ましく受け取ってもらえると思いたい。


「よし、行くか」


 暫定異世界に召喚されて七日。

 今日は――召喚初日に殺されかけた、あの半人半蛇の魔王にこれまでの成果を発表する日だ。


 ◇


 勇んで出勤してはみたものの、やはり七時にオフィス入りは早かったのか誰も来ていなかった。

 ちょうどいい。内装を変更しておきたかったところだ。


 メニューを操作して土塊(つちくれ)のような椅子とテーブルを撤去。床をグレーのタイルカーペット風に変更。壁と天井は眩しすぎないオフホワイトで着色。

 ちょうどよいサイズのミーティングテーブルを購入して部屋の中央に設置。続けて上質なオフィスチェアを二つと安物のパイプ椅子を四つ購入。上座には大きめのソファを配置して準備完了。

 あとは……観葉植物でも置いておこうか。目に優しい彩りになる。


 うむ。数分前までは土色が支配していた空間に生活感が宿った。

 まだまだ改善の余地はあるが、それでも最低限の体裁は整っている。結構な量の魔力を消費したけれど、好印象を金で買えると考えれば安いもの。


 シトラス系の部屋用芳香剤を一つ置いたところでゲロルグさんとイエロー、グレイ、グリーン、ブラウンが転移してきた。

 ゲロルグさんが瞬膜をシャコシャコと動かして言う。


「な……ハジメ様、どうしたんでゲロか? これは……」

「土色だらけの部屋じゃ気が塞ぐでしょ。オフィスデザインの調整は社員のモチベーションとか生産性にも影響を与える重要な要素だよ。椅子とテーブルもよりいいものを新調した」

「おお……あの立派な椅子は魔王様用でゲロか?」

「ソファね。尾が長くて普通の椅子だと合わなさそうだからちょっと大きめのを選んでみたんだ。あっ、イエローそれはキミの椅子じゃないぞ。キミたちはそこのパイプ椅子を使うんだ。いいね?」

「シャア」


『湖沼外れの小洞穴』に勤める従業員が揃い、全員が着席したところで――機を見計らったかのように部屋の入り口の扉が開いた。


「ふわあぁぁっ……うーん、よく寝たぞ!」


 威厳ある魔王とは思えぬ大あくびを披露しながらレイミアさんが出勤した。中六日を挟んで出勤という、弊社社長でもドン引き確定の超重役出勤である。


 長い尾を蛇行させてレイミアさんがオフィスへと入ってくる。瞬間、僕は椅子から立ち上がって腰を九十度に折った。不快を感じさせず、かつ十分な声量を意識して挨拶を交わす。


「おはようございます、社長!」

「……うん? ……あぁ、召喚した人間か」

「はい。四月一日(わたぬき)(はじめ)と申します。ハジメとお呼びいただければと」

「ふむ……軟弱すぎてすぐ死ぬんじゃないかと思っていたが、まだ生きていたか」

「ははは、魔王様は冗談がお上手ですね」

「……冗談のつもりではなかったのだがな」


 出勤後の軽い雑談を交わす。召喚直後に舐めた口を利いて激昂させてしまったのでどういう反応をされるか気がかりだったが、どうやら怒りは収まっているようだった。


 レイミアさんが尾の先で床をてしてしと叩きながら部屋を見回す。金の光を宿した瞳をすっと細め、緩慢な所作で腕を組む。


「見慣れない顔が四人いるな。それに……ゲロルグ、リーサルはどこにいる? 身体を動かすついでに鍛えてやろうと思ったのだが」

「それについては私から説明させてください」


 ゲロルグさんが口を滑らせる前に営業スマイルを浮かべつつ割って入る。リーサルさんがいなくなった理由は僕の仕事の成果と密接に結びついているのだ。ついでに説明してしまったほうが効率がいい。


「説明だと?」

「はい。出勤直後で申し訳ないのですが……私が提案した新体制やダンジョンの経営方針、そして得た成果について魔王様に聞いていただきたいのです。きっと、お喜びいただけるかと」

「ほう? 神が選んだ人間というだけあって豪語するではないか。面白い。説明を許可する」

「ありがとうございます」


 軽く会釈し、笑顔を浮かべ、そして手の平でソファを指し示す。


「ではそちらへお掛けください。これより当ダンジョンの概況についてのプレゼンテーションを行わせていただきます」


 ◇


 プレゼンのコツはいくつかある。ビジネス書を読み込まなくても、ネットで検索すれば参考になる事例が山程表示される。便利な時代になったと上司が言っていたっけか。


 問題は、それらは全て"人"へ向けてプレゼンを行う際の技法ということだ。

 両生類と爬虫類、果ては貝類まで一緒くたにされている陸匐族とやらにどこまで通用するかは疑問である。探り探りやっていくしかないだろう。


「改めまして、おはようございます。早速ですが、まずは現在のダンジョンの総魔力量について触れていきます」


 開幕は挨拶、反応への礼、自己紹介、興味を引くための小話などの流れが王道だが、それはあくまで人間社会で浸透している通例だ。

 クドいと思われそうな部分はバッサリと端折り、インパクトのある結論を先に開示して興味を引く。


「私が召喚された七日前はダンジョンの魔力量は5万と少々でしたが、現在は――」


 この世界には大型スクリーンもプレゼンテーション用のソフトウェアもない。しかし神の用意したシステムは存在している。

 宙に浮くタッチパッドを操作して総魔力量のページを表示。拡大して裏返し。聴衆に見えるよう頭の高さへ移動。


「当時の20倍である100万ポイントまで復活させることができました」

「……ほお。……なかなか、やるじゃないか」

「お褒めにあずかり光栄です」


 ソファに尻尾を絡ませて寝っ転がる魔王レイミアさんが目を見開く。それが演技でないのであれば一定の評価は得られたと見ていい。掴みは悪くない。


「で、それはリーサルがいないのとどう関係があるんだ?」


 聞き手が容赦なく話の腰を折ってくる。それが異世界流のプレゼンテーションだ。

 極めて高いアドリブ力が試されると言えるだろう。頭のなかで組み立てていた段取りが崩された困惑をおくびにも出さず笑顔を浮かべる。


「では順を追って説明します。まずリーサルさんなのですが……彼は()()()にダンジョンから出ていきました」


 ゲロルグさんがすごい勢いでこちらを見てきたが無視する。


「もっとも、一年後には戻られるとのことです。こちらがその証明となります。リーサルさん直筆の書き置きですね」

「……もっとお役に立てるよう修行して参ります。魔王様への忠誠は変わっておりません。いずれ必ず戻ります、か」

「私の提案した新体制にどうしても馴染めそうになく、ならば一時外で己を磨いてくるとのことでした」

「ふん……去る者は追わん。だが戻ってくるというのなら……その時は受け入れてやる。事情は分かった、続けろ」


 促されたので続きを発表していく。

 結論を先に述べたなら、続くは理由と具体例と相場は決まっている。軽い身振りを加えながら話す。


「はい。ここまで経営状況が回復した理由ですが、特に大きく影響したのは探索者にダンジョンへと足を運んでもらうための動機付けでした」

「ダンジョンへ来る動機……強くなりたい以外にあるのか?」

「はい。より強い動機付けを行うために私は地球――私の元いた世界の珍品を恩恵として設定することを提案しました」


 その瞬間。

 魔王レイミアさんが僅かに眉を寄せたことを僕は見逃さなかった。


 プレゼンテーションは独りよがりであってはならない。聴衆の反応を伺いより良い方向へと舵を切るのが鉄則である。


「……これは結果として探索者たちに快く受け入れられました。レイミア様はどのように感じましたでしょうか?」


 保険として探索者に好評であることを示しつつ反応を伺う。

 返ってきたのは先ほどよりも幾分か低い――興を削がれたような声色だった。


「人間に与えたのは、武器か何かか?」

「……いえ、日用品や雑貨類になります。中には移動手段として使えるものもあり、より当ダンジョンへ足を運んでもらえるよう――」

「もういい。つまらん」


 ぴしゃりと、水を打ったように場が静まり返る。

 プレゼンテーション中に『もういい』などと言われた経験はない。二の句が継げずに固まってしまう。


「なら、なにか? 今このダンジョンに来ている人間どもは……モノに釣られてやって来るだけの惰弱な輩だということか? ただでさえ弱い人間が、精神までも腑抜けたのならば何が残る。全く面白くない」


 魔王の語る言葉は、少なくとも人間の僕にとってはまるで理解できない概念の羅列であった。


「私は人間を見下している。やつらはエサだ。か弱く、群れることしかできぬ軟弱者。魔力を育てる能力があるから生かされているが……そうでなければとっくに自然淘汰(とうた)されている哀れな存在に過ぎん」


 適した相槌が思い付かない。結果として、プレゼンの場は魔王が一人で理念を語る場と化した。


「だが……そんな人間でも"強く在ろうとする意思"はあった。このダンジョンに来る人間は皆そうだった。弱者も強者も関係ない。私はその意思だけは評価していた」


 それは魔王なりの経営理念のようなものだったのだろう。


「だが、今はなんだ? 唯一の取り柄である意思すら放り出した弱者が私のダンジョンに群がってくるなど……想像するだけで反吐が出る。恩恵など与えるんじゃない」


 ならば先に経営方針を伝えておけ。

 その無駄な理念が経営を悪化させているんだろう。

 だったらお前が代替案を提示しろ。

 寝てただけなのに偉そうなことを言うな。


 頭に浮かんだ言葉は全て"人の理屈"だ。

 考えが浅かった。結果を出しさえすれば認めてもらえるなどと勘違いをしていた。

 もっと先を読まなければならなかったのだ。思考が人に寄り過ぎていて、魔王という存在が好む傾向を把握しきれていなかった。


 思えばヒントはあったのだ。恩恵を設定したことがないのは『それすら思いつかなかった』のではなく『魔王がそういう方針で運営していた』ということ。僕はそれに真っ向から逆らったことになる。


 顧客のニーズを汲み取れていなかった。

 このプレゼンは、失敗だ。


「お、お言葉ですが魔王様……ハジメ様は現状打てる手で最善を尽くしていたのでゲロ……そのような言い方は」

「ゲロルグさん、大丈夫ですよ」


 手と言葉で制してゲロルグさんを黙らせる。

 こういう時にする反論は事態を好転させることはない。それはまさしく火に油を注ぐようなもの。


 やらかした時に『でも』や『だって』は禁句中の禁句。どうすればいいのかは、社会人ならば誰だって知っている。


 僕はゆっくりと腰を折った。


「ご期待に添えず、また事前の確認なしに独断で進めてしまい誠に申し訳ありませんでした」


 この世界に頭を下げる文化があるかは不明だが、謝意を表す方法はこれ以外に知らない。頭を下げ続け、次の言葉を待つ。

 掛けられたのはいたわる温度を感じない、冷えた単語の羅列だった。


「手腕はあるのだろう。それは認める。だがやり方が好かん。媚びるな。それだけだ」

「承知いたしました」


 一方的に告げるや、魔王は(ねぎら)いの言葉の一つもなしに部屋から出ていった。後に残るのは耳が痛くなるような静寂のみ。

 懐かしさすら覚える、あの感じだ。どうしようもないやらかしで上司が激昂した後の居た堪れない雰囲気。まさか異世界に来てまでこの空気感を味わうことになるとはね。


 ため息を一つ吐き出し、オフィスチェアに深く腰掛けてからメモ帳と三色ボールペンを取り出す。

 赤色のノックを押し込んでペン先を出し、そしてメモ帳の表紙に大きく書き込んだ。


『社長指示:恩恵の設定を禁ずる』

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― 新着の感想 ―
ドロップアイテムに地球の品を設定することでダンジョンを建て直すは割と鉄板だけど、それを封じられた主人公がどのようにコンサルティングしていくのかめっちゃ楽しみです
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