成功-プログレス-
続けられないな、と確信したアルバイトはいわゆる肉体労働系の仕事だった。
鍛え方が足りなかったのも理由だろうが、溜まった疲労というやつはどうあっても他の作業に悪影響を与えるもので、他のバイトの掛け持ちや学業との両立は不可能だろうと早々に判断し、一週間も保たずに辞めてしまった。
だから僕は斬った張ったの世界で生き続けられる探索者を内心で尊敬している。
「お、また来たよこのルーキー。しかも灰石級に昇格してるし」
「そろそろ狩るゲロ?」
「いやもう少し育てよう。彼らならまだ実るはずだ。慣れが見え始めたところで刈り取る」
「ゲロ」
仕事に打ち込んでいると時間の経過が早く感じる。覚えることが山程あるならなおさらだ。
暫定異世界に召喚されてから既に五日が経過した。
情報を圧縮して脳にぶち込まれたかのような異質な体験は、時の経過を正しく認識することすら許してくれない。
やるべきことをやっていたら、いつの間にか六日目に突入していた。そんな感覚だった。
「ゲロルグさん、一階層と二階層の調子はどう?」
「一階層は新顔のルーキーを育ててるゲロ。二階層では調子に乗って降りてきたルーキーを刈りつつ灰石級に餌を与えてるゲロ。ハジメ様は大丈夫でゲロか?」
「うん、こっちも異常はないかな。欲をかいた連中を刈りつつ、堅実に動いてる探索者にはプレゼントを与えてる。四階層に降りてきたら問答無用で魔力になってもらうけどね」
「ゲロゲロ」
仕事相手とのコミュニケーションも順調だ。日常の業務にもそれなりに慣れてきた。最優先で学ぶべきノウハウも蓄積している。職場環境を物理的に改善する必要はあるが、それも近いうちに叶うだろう。
総魔力量をチラと確認する。659,118P。いやはや、倒産寸前からよくここまで持ち直したものだと我ながら感心するね。やはり地球産のモノの力は偉大だ。
潰れかけた町の駄菓子屋から、地元民に愛される個人経営の商店くらいには進化しただろうか。ショッピングモールには程遠いが、それでも再起の足掛かりを掴むくらいには育っている。
悪くない。今はそれだけで十分だ。
「しかし、二人だけでも意外と回せるもんだねぇ」
「探索者たちが無秩序に突っ込んで来なくなったのが大きいゲロね。適度にバラけてくれるだけでこちらとしては大助かりゲロ」
「彼らにも彼らなりの事情があるみたいだからね。本部からの指示は絶対なのはこっちの世界でも変わらないみたいだし」
経営にメスを入れてから三日目のこと。どうやら最寄りの町の探索者協会は、未知の恩恵が発見されたことを本部および周辺の町の支部へ連絡したらしい。
そうして増援の探索者が大挙した結果『湖沼外れの小洞穴』はパンクした……とはならず、皆が平等にダンジョンへと挑戦できるよう戦力の再編を行ったらしい。
早い話が班の結成だ。
実力が近く、目的を同じくする者同士が二から五人ほどで手を組み、より効率的に目的を達成するべく動く。これは地球の会社でもよくある試みだ。
田舎であるこの地域には根付いていなかった文化だが、人が殺到するダンジョン付近の支部では当然のように採用されている編成形態とのこと。
局面が常に揺れ動き、臨機応変な対応が求められるダンジョンにおいて隊の人数が膨れ上がると判断に遅れが生ずる。ゆえに互いをカバーしきれる人数まで絞るのが基本……らしい。
全ては探索者たちが交わしていた雑談から得た知識だ。地球でも小隊や分隊が形成されていたし、理に適ったやり方なのだろう。
そんなわけで探索者たちは適度にバラけて来店してくれることになった。これがこちらにとっても追い風となってくれている。人の目が多いと採れない択を遠慮せず行えるのだから。
例えば、こんなふうに。
『……は? いつから後ろに――ッ!』
レッサーリザードの上位種であるリザードマンを探索者のすぐ背後に召喚。哀れ灰石級の男は魔力となってしまいましたとさ。
また一から頑張ってくれたまえ。当ダンジョンはいつでも貴方の挑戦を待っています……!
「25,369ポイント、か。少ないな。昇格したてだったのか」
「いちいち細かく書き残してるゲロねぇ」
「収支の明確化は基本だよ」
僕はメニューを見つつ帳簿へ収支を書き込んだ。
こういう地道な積み重ねが企業を生かすのだ。目標と実績が目に見えなければ対策の打ちようがないのだから。
自作のメモをチラと見る。
■獲得できる魔力量の目安
・黄土級:9,000〜25,000
・灰石級:23,000〜80,000
・若草級:96,000〜235,000 ※サンプル数3人
・焦木級:
「……そろそろ焦木級のサンプルが欲しいねぇ」
「ハジメ様!悪い顔してるゲロ……」
「そりゃそうさ。昨日あれだけ好き放題やられたからね」
周辺支部からの増援とやらが到着した日、このダンジョンにはたくさんの客が来店してきた。その中にいたのが中堅と呼ばれる焦木級の探索者だった。
齢二十程度にしか見えず、荒事慣れしてなさそうな風体の青年は、しかし他の誰よりも強かった。
剣を振れば風の刃が乱れ飛び、その疾駆は速すぎて目で追うのが困難なほど。なるほど、上位の探索者は人の枠から外れていくという言葉に得心がいくものであった。
「彼にはダンジョン内の魔物をほとんどやられたからね……何としてでも取り立てなくちゃ引き下がれないでしょ」
「そのために四階層を調整したゲロからね」
「ああ。彼には絶対に会計を済ませてもらう」
探索者の噂話によると、彼は近隣支部のエース的な存在であるらしい。赤葉級への昇格も時間の問題であるとかなんとか。そんな彼から取れる魔力はどれほどになるのか……実に興味をそそられる。
「でも連日やってくるかは分からないゲロよ」
「調査が目的で派遣されてきたなら来るはずだ。肉体労働者は現場に足を運んでこそだしね」
「それはそうでゲロが――」
手を動かしながらも軽く雑談を交わしていたところ。
「シャー! シャー!!」
新たに加わった従業員、レッサーリザードのブラウンが高らかに鳴き声を上げた。
「来たか!」
「来たゲロね……!」
ブラウンには焦木級の探索者のカウントに加え、警報の役目を果たすよう命じてある。特別な客が来たら丁重にもてなす用意を整えなければならないからね。
「今回も一人か」
「きっと肩を並べられる人間がいないんでゲロよ」
「まあ、今まで見てきた探索者たちじゃ足手まといにしかならないだろうしね」
革の鎧すら身に着けず、極度の軽装でダンジョンへ挑む男の戦い方は至って単純だった。
近寄られる前に風の刃で倒す。近寄られたら迅速に後退する。それだけだ。
風の刃を飛ばすという理解不能な芸当に目を瞑ればその戦法はシンプルで、こと生存するという一点に重きが置かれており、安定性においては他の探索者の追随を許さない。なにせ魔物が近づけないのだ。倒す以前の問題である。
ダンジョンに降り立った男は一階層で戦うルーキーたちを傍目に駆け抜けていった。続く二階層も当然のようにスルー。狙うは三階層にある五部屋全ての制圧だろう。
「四階層、来てくれるゲロかね……? 昨日は魔王様の魔力に恐れをなして降りてこなかったゲロが……」
「そのために新しく四階層を追加して、魔王レイミアさんの寝室を五階層に下げたんだ。何としてでも降りてきてもらう」
そのための方法は既にルーキーたちで実践済みだ。焦木級の彼にはあえて魔物をぶつけない。
『……ん? 誰もいない……?』
彼しかいないフロアには魔物を出現させず、他の探索者がいるフロアでは彼が来た瞬間に魔物の召喚を止める。
『……ここもいないのか?』
『いやぁ、さっきまでは出てたんだがなぁ』
『他に移るか』
『…………』
不審げに眉をひそめた男は残りのフロアにも足を運んだが、待っていたのは伽藍堂と化した一室だけだ。こちらが操作しているので当然である。
「さあ早く降りてくるんだ。君は身体を張って成果を持ち帰る営業マンだろう? ノルマ未達で帰還するなんて恥だろう……?」
「営業マンではないゲロよ?」
「ノルマが正義って点では同じでしょ。調査が主な仕事なのに成果ゼロじゃ帰れないはずだ。情けない報告をしようものなら上から詰められるからね」
「……ノルマって嫌な言葉ゲロねぇ」
「そのうちこの現場にも導入するつもりだけどね」
「ゲロっ!?」
どうでもいい雑談を交わしつつも固唾を飲んで動向を見守る。
魔物が出ないと悟るや、男は三階層の奥――四階層へと降りる階段まで歩を進めた。
『……悍ましい気配が消えてる。……誘ってるのか? 面白い、乗ってやる』
タン、と、かかとで地を踏み鳴らした男が軽快な身のこなしで四階層への階段を駆け下りていく。その顔には薄い笑みが浮かんでいた。
客が笑顔になるとこっちまで嬉しくなるね。これぞ笑顔が絶えない職場というやつだ。
僕は柔和な営業スマイルを浮かべた。
「よーし、どうやらこっちのノルマは達成できそうだ! ゲロルグさん、後は手筈通りにいこう」
「ゲロ!」
四階層の造りは陸匐族にとって有利となる泥の沼地を敷いてある。
人のスネまで浸かるほどの泥濘は人の機動力を大きく削ぎ落とす。加えて、沼地には至る所にスティッキースラグを配置している。
そして動きが鈍った人間を駆除すべく、沼地に適性のあるリザード種やセダクティブスネイクを所々に配属。まかり間違ってルーキーが足を踏み入れようものならまず間違いなく魔力と化すだろう。
魔物由来の粘着テープ式人間ホイホイ。それが四階層の造りである。
『……悪趣味なフロアだ』
「お褒めにあずかり光栄だね」
「多分褒めてないゲロ」
「嫌がられることを重視して造ったからね。コンセプト通りの感想を持ってくれたなら、それ即ち最高の褒め言葉だよ」
泥沼で汚れるのは嫌だろう。気色悪い大型ナメクジがひしめいてる沼に突っ込むのは嫌だろう。
そういう心理を利用して探索者を始末するための造りなのだ。悪趣味だなんて、この上ない称賛の言葉と受け取っていい。
男が動く。屈む動作は緩慢で、しかし弾ける瞬間は刹那のごとく。
『だが……悪趣味なだけだな。捻りがない』
人の力でなしたとは思えない跳躍を披露した男が空中で身体を捻る。同時、振るった剣から風の刃が射出された。
着地際を狙いに集った魔物たちは乱れ飛ぶ風の刃によって寸断され光へと還る。
強い。圧倒的と評していい。これで中堅層とは恐れ入る。上位となるとどれ程の化け物具合になるのか想像もつかないね。
『出てくる魔物は三階と同じか。拍子抜けだな』
沼地には所々に浮島のような陸地が配置してある。男は一際大きな陸地に難なく着地してみせた。オリンピック選手のウルトラCが霞むほどの身のこなしである。
「あっけなくやられたゲロね」
「算段通りだ」
「まあ、そうでゲロね」
意思なき同族――呼び出す魔物は餌なのだ。甘露を求めてやって来た者を、もう引き返せない暗闇まで誘導する疑似餌。その役目は、今のところうまく果たされている。
『はっ!』
裂帛の気合いとともに振るわれた剣が刃を成して魔物を裂く。一振り一殺。既に倒された魔物は十五を超えた。昨日に引き続いて大損害を被った形となる。
だが僕とゲロルグさんは至って平静を保っていた。
全てが予想通りなのだ。焦る必要がない。
「射程は約八メートルが限度。よく見破ってくれたよ、ゲロルグさん」
「ゲロが見つけたのはそれくらいゲロ。そこから迅速に策を練ったハジメ様は、さすがでゲロよ」
「じゃあ二人の成果ってことにしようか」
「ゲロ。……次、ゲロね」
「ああ」
風の刃の最大射程。魔物の配置。沼に踏み入りたくないという抵抗感。そして人知を超えた跳躍力。
彼を捕まえるのは困難を極める。捕まえようにも風のごとく引いてゆく。
ならば向こうから近寄ってきて貰えばいい。
「跳んだゲロ!」
「この角度と高さは……誘導、成功だ」
点々と配置された浮島はカモフラージュだ。なぜ都合よく陸地が配置されているのかなんて、彼は考えもしなかったのだろう。このダンジョンが意思を持って運営されているなど知る由もないのだから。
焦木級の探索者が陸地へ降り立つ。
いや、正確には違う。
降り立ったのは魔物の背だ。
『…………は?』
ブラストータス。背の甲羅から特殊な分泌物を生成する亀型の魔物。
その特徴はただ一つ。背の分泌液に衝撃を与えると――
『や、ば! 逃げ』
――大爆発を引き起こす。
モニター越しにもその威力が伝わるほどの炸裂音が耳朶を打つ。腹の奥まで伝わり、骨に振動を与えるかのような感覚……まるで花火じゃないか。泥が爆ぜ散る光景はいささか汚くはあるけれども、魔力の光が散る様は意外と趣深い。
「やったゲロか!?」
「……ああ、やった。獲得ポイントは……約55万! よっッし! 100万突破だ!」
「やったでゲロォ!」
ゲロルグさんが喜び勇んで立ち上がる。僕も立ち上がった。自然な流れでハイタッチを交わす。
一つの仕事をやり遂げた後というのは爽快感があるものだ。それを分かち合う喜びは地球でも異世界でも変わらない。
たとえ規模の小さいプロジェクトだったとしても、立案から実行までが滞りなく行われたのなら大きな成果だ。会社とは、言わばその積み重ねなのだから。
「総魔力量1,151,369ポイント。これはいい手土産になるんじゃない? 明日は魔王レイミアさんが起きる日だし、この結果を見せれば、まあ文句は言われないでしょ」
「ゲロ! これなら魔王様もお喜びになるはずゲロよ!」
僕らはしばし探索者の相手も忘れて盛り上がっていた。モニターからは魔物を求める探索者の声が鳴り響いていたが、今は仕事の成果を存分に認め合うことが最優先のタスクだと感じたのだ。
そんな僕らを寿ぐかのように、ブラウンが手に持つカウンターをカチと鳴らした。




