反骨-コンサルタント-
探索者はまだ来ていない。色々と整理する時間が必要になったので、純粋に助かった。
「あの……ハジメ様……大丈夫でゲロか?」
おずおずと、という表現が似合うほどに気遣いの含みを持たせたゲロルグさんの声に、言いしれぬ人間らしさを感じて思わず笑ってしまう。
「ああ、平気だよ。怒られるのなんて慣れてるからね。まあ……最近は上の立場になったし、ポカやらかすことも少なくなったから、あれだけ正面切って扱き下ろされるのは久しぶりだったな」
仕事を始めたての時は怒られることも珍しくなかった。誰かに教えられたことを他の人の前でやったら叱られたり、良かれと思ってやったことが結果として余計な仕事を生んでしまったり。
連絡と相談が遅れたことでコミュニケーションエラーが起きたこともあった。その時も普通に叱られたな。
肉体労働のバイトを早々に辞めると言った時は罵倒混じりになじられたこともあった。
それに比べれば精神的な攻撃がなかっただけマシな方だろう。あれくらいじゃパワハラ判定は下されまい。まだまだぬるい方だ。
「ハジメ様に誤解してほしくないのでゲロが、魔王様は本当は素晴らしい方なのでゲロ……。人間に追われていたゲロやイデリア老を保護してくれたし、その強さでリーサル殿にも慕われているのでゲロ。ただ……強者特有の頑なな面があって、策を練るのは弱者の考えみたいなところがあって……」
「ああ、うん。別にそういう誤解とかはしてないよ。むしろ誤解してたのは僕の方だから」
一定の成果さえ出せば手段は問わないものだと思っていた。その認識が甘かったのだ。
真っ当な経営をしていれば潰れそうにないダンジョンを、底の底まで衰退させた理由の深掘りを怠っていた。
「結果のみを追い求めて顧客満足度を軽視した僕にも過失がある。叱られるってのは改善点があるってことだからね。そこから目を逸らすのはよくない。まあ、そんなに心配しないでよ。次はもっと上手くやるからさ」
考え方を変えよう。わけの分からない世界に唐突に呼び出され、右も左も判然としない中で未経験の仕事を割り振られたというのに、最適な過程を踏んで最高の結果を導ける方がむしろ異常なのだと。
要は開き直りだ。
過ぎれば幼稚な自己正当化になるが、適度な開き直りは精神のリフレッシュと次への覚悟を決めるための助けになる。そこからどれだけ推進力を得られるかは己次第だ。
「……そんなに、あっさりと割り切れるものゲロか?」
僕の言い方は、果たして強がっているように見えたのだろうか。
心配しなくていいと言ったにもかかわらず、ゲロルグさんの声からはいたわりの温度を感じた。
「ゲロは魔王様に喜んでもらえると思ったことが否定されたら……悲しいゲロよ。今回も、何もそこまで言わなくてもいいんじゃないかと思ったゲロ。もしゲロが言われてたら向こう数年は引きずってしまうかもしれないゲロよ」
いやさすがに引きずり過ぎだろう。
そう思ったが、寿命が人よりも圧倒的に長い魔物はメンタルの回復にも時間を要するのかもしれないと考え直す。
所詮、僕は人だ。魔物の価値観に共感することなどできず、従って普段のクセや本人の発言からその内心を類推するしかない。
どうするか。少し迷い、僕は自分なりの考えを語ることにした。
「まあ、気持ちは分からなくはないよ。僕もバイト始めたての時は結構へこむことが多かったからね」
学校や家庭では許されていたミスは、社会に出た途端に咎められる失態となる。寝坊も遅刻も、笑って許されるのは学生の頃までだ。
ほんの少しであろうとも会社に損失を与えかねないならば叱られるのは当然のことだった。
「そんなに怒ることなのか。そこまで言うことないじゃないか。社会人なら、多分誰でも思ったことあるんじゃないかな?」
特に昨今ではハラスメント防止の研修が組まれるあたり問題になっていることだ。
過度な叱責は職場を壊す。それでも叱らなくてはならない時もある。一筋縄では行かない問題だ。
「ハジメ様の世界でも同じだったゲロか」
「そうだねぇ。こっぴどく叱られた時はそりゃあ堪えるよ。働くってのは、とかくストレスが溜まるものだからね」
人と人とがぶつかり合うのだ。穏便に済ませられることばかりではない。
「理不尽なことで怒られたらムカつくよ。上司も客も話が通じない人とかいるからね。逆に自分に非がある場合はへこむよね。職場に顔を出すのが嫌になるし、自分は無価値なんじゃないかと思い込んだことだってあった」
「ハジメ様がでゲロか?」
「僕を何だと思ってるのさ。ただの社会人だよ? 世を動かすような天才じゃないんだから失敗もするし挫折もするよ」
一切叱られることなくトントン拍子で要職に上り詰めるのなんてほんの一握りだ。少なくとも僕はそんな人物に会ったことがない。
「腹が立つし、くたびれる。嫌になることもあるし、心が折れそうになることだってある。でも生きていくためにはやらなくちゃならない。それが"仕事"だ」
「……悲しい割り切り方じゃないゲロか?」
「そうかもね。だけど――それだけってわけじゃない」
仕事における負の側面だけ抽出したら悲しい結論になってしまうだろう。しかしそれでは公平じゃない。探せば良いところだってあるもんだよ。
「努力や工夫が真っ当に認められた時は嬉しいよ。費やした時間が確かな成果として現れたら心地良い達成感がある。新しく覚えた技能をうまく使いこなして時間短縮を成し遂げたときは自分で自分を褒めてやりたくなる」
仕事を食い扶持を稼ぐ手段と割り切るのも一つの手段だが――それだけでは面白くないだろう。
やるからにはやり甲斐を見出したいよ、僕は。
「プロジェクトの仲間と喜びを分かち合うのもいいし、くたびれた後に美味いご馳走に舌鼓を打つのもいい。楽しもうと思えばいくらでも楽しめる。僕はそれも"仕事"だと思ってるよ」
「ハジメ様……!」
「そう、例えば――」
軽く肩をすくめておどけてみせる。
「せっかく知恵を絞って成果を出したのに、それを貶してきた上司に――更なる成果を叩きつけて手のひらを返させるのなんて最高に面白そうじゃない?」
「…………!」
つまらん? くだらない? 反吐が出る?
上等だ。この程度の事も出来なかったくせに、批判だけは立派なんて絶対に許すものか。
あの怠惰で高慢な魔王の口から称賛の言葉を引き出すまでは帰れない。帰れと言われても帰ってやれないね。
絶対に認めさせてやる。それが僕の仕事だ。
「ゲロは、ハジメ様が神に選ばれた本当の理由を理解したような気がしたゲロ」
「それもう三回くらい言ってない?」
「今度は本当の本当ゲロ!」
「どうだか。まあ四回目がないことを信じてるよ」
「あっ、馬鹿にしてるゲロ!? こっちは結構本気で言ってるゲロよ!」
「そりゃどうも」
親と上司は選べないなんて言葉がある。自分で選択できない環境はどうしてもあるという諦めを促す響きを感じる言葉だ。
暫定異世界に召喚された僕は、親や上司どころか勤める仕事先すら選べない。だが、少なくとも立場の近しい仕事相手には恵まれている。今はそのことを純粋に喜ぼうと思った。
ひとしきり笑い合った後、仕切り直すように咳払いしたゲロルグさんが打って変わって真剣味を帯びた声で言う。
「それで……ゲロが、これからのダンジョンはどうやって運営していくつもりゲロ? ハジメ様の世界のモノが使えないとなると……また案を絞り出すところから始める必要があるゲロ」
ん? ゲロルグさんは何を言っているのだろう。僕は首を傾げた。
「あ、いや、もちろんハジメ様に任せっきりにするつもりはないでゲロが……その、ゲロにはちょっと妙案が浮かびそうにないというか……」
「えーと、ゲロルグさんが何を心配してるのか知らないけど……地球産の恩恵をバラまくのは続けるよ?」
「ゲロぉ!?」
ゲロルグさんが舌を突き出して妙ちくりんな声を出す。随分とコミカルな絵面だ。
「いやハジメ様、何を言っているゲロか!? さっき魔王様がなんと言ったか覚えているゲロ!?」
「えっ……恩恵の設定は禁止?」
「分かっているならどうして真っ向から逆らおうとしてるゲロ!?」
「いやゲロルグさんこそ何を言ってるのさ。分かっているなら、って……それこそ『地球産の恩恵が出なくなったらこのダンジョンは見向きもされなくなる』なんてことは分かりきってるでしょ。だから続ける。オーケー?」
「続けてたらバレるに決まってるゲロ! 殺されてしまうでゲロよ!?」
「だからレイミアさんが寝てる期間だけ恩恵を設定して、起きてる時は恩恵を設定しないようにするんじゃないか。監査が来る時だけ環境を整えるなんてよくあることだよ。『車検戻し』って言えば伝わる?」
「クソみてぇなイメージが流れ込んできたゲロ!!」
「そのクソみてぇな作戦がこのダンジョンを生かすんだよ。そのためにはゲロルグさんの協力が必要不可欠なんだ。分かってくれるね?」
「いやしかし、魔王様の決定に逆らうのは……!」
分かってない。分かってないなぁゲロルグさん。
僕は努めてにこやかな笑みを浮かべて席を立った。ミーティングテーブルを回り込み、対面に座っていたゲロルグさんと肩を組む。顔を寄せて言う。
「ゲロルグさん。いいかいゲロルグさん。社長の言うことは絶対だ。それは分かる。だけど……それは絶対に社長の言いつけを守るということと同義ではないんだ」
「い、意味が分からないゲロ……」
「なら分かりやすく言い換えよう。社長の言いつけを遵守してたら会社が潰れました。社長の言いつけには黙って逆らいましたが、そのおかげで会社は持ち直して一流企業に返り咲きました。さて前者と後者、社長はどちらの結果を好まれるでしょうか」
「……………………!」
「ゲロルグさん。もう分かってるでしょう? 罪というのはね、それを認めて告発する人がいて――初めて罪となるんだ。言い換えよう。バレなければ一切問題ない。分かるね?」
「わ、分かりたくないゲロ!」
頑なだなぁ。ポンポンと肩を叩く。笑顔は崩さない。
「ゲロルグさんが忠誠心を持っているのは知ってるよ。今まで本当によく頑張って来たと思ってる。それはとても偉くて素晴らしいことだ。だけど……忠誠だけじゃ魔王様は救えないっていう、ただそれだけのことなんだよ」
「げろ……」
「黙って従うだけが忠誠じゃあないんだ。従うだけしかしてこなかったからこのダンジョンは潰れかけた。なら発想を変えよう。魔王様の言に逆らいつつも、そうと悟らせないよう暗躍して栄光をもたらす……それが真の忠誠と、そうは思わないかい?」
「…………」
もう一押しかな。バレないように舌で唇を湿らせる。
「法に逆らうのなんて普通だよ普通。隠蔽のしかたなら手取り足取りレクチャーするから任せてよ。僕の世界には『知らぬが仏』ってことわざがあるんだ。全てがバレなければ業績が上がって魔王様も幸せ、魔王様が幸せなら配下も幸せ、探索者も珍しいモノが得られて幸せ。何も悪いことがない。そうは思わないかい? だけどつまらない正義感に従って違反を報告したら……全てが水の泡だ。どちらを選ぶんだいゲロルグさん」
「けろ……けろぉ……」
過去一番の情けない声を出したゲロルグさんは、まるで何か見えないものに縋るかのように手を組んだ。蚊の泣くような声を絞り出す。
「魔王レイミア様……貴女の命に背くゲロをお許しください……ゲロの忠誠は、変わらず魔王様に捧げております……ただ、忠誠だけでは……どうにもならなかったのでゲロ……」
「素晴らしい! 本当の忠義者だよゲロルグさん! 会社の基盤を支えるのは、ゲロルグさんみたいに真に行く末を案じて行動できる人だっ!」
僕は改めてゲロルグさんの肩を叩いた。
緩く組まれていたゲロルグさんの手が力なくほどかれ、ミーティングテーブルにピタリと倒れる。その指が僕の使用しているメモ帳に触れた。
「……ハジメ様、さっきこの表紙に『恩恵の設定を禁ずる』って書いてたゲロ。ほらこの文字ゲロ。これは一体なんだったでゲロか……?」
「ん? ああそれ? 隠蔽工作の第一歩だよ。そういう風に書いておいたメモ帳をそれとなく置いておいたらさ、それを目にしたレイミアさんが『決まりをしっかりと守ってるな』って勘違いしてくれそうでしょ?」
「……………………」
「やっぱそういうのって地味に効くからさ。目に見えるところに社訓をでかでかと載せたりとか、法定速度遵守のステッカーを貼ったりとかね。そもそもメモ帳の中じゃなくて表紙に書いた時点でおかしいなって思うでしょ? まあ見せつけるためだよね。そういう細かい部分を目に入れることで、実態はどうあれ印象を操作できる。ゲロルグさん、隠蔽工作はもう始まってるんだよ?」
「…………ハジメ様が神に選ばれた本当に本当の理由を、ゲロは理解したゲロ」
僕はゲロルグさんのうわ言を聞き流してメニューを操作した。
■ダンジョン別保有魔力量一覧
1.未踏禁域『竜嶽』 翼鱗族 2,237,712,554P
2.黄金郷パライソ 界霊族 1,293,642,974P
3.百獣王之剣塚 混獣族 826,699,113P
4.ガイアント大森林 鋏殻族 261,931,855P
5.海 海棲族 50,823,664P
6.荒魂澱城 禍霊族 19,832,996P
7.湖沼外れの小洞穴 陸匐族 1,033,746P
改めて目にすると嫌になる格差だ。絶望的と評していい。ここから何をどうすれば上位陣の築いた牙城に迫れるのかなど及びもつかない。
だがやる。やってみせる。やるしかない。それが仕事だ。
打てる手はまだ残っている。試していないことが山程ある。万策など尽きてからが本番だというのに、この程度でへこたれるなど笑止千万。
必ず結果を出してやる。そしてあの鼻持ちならない魔王へ突きつけるのだ。
モチベーションが湧き上がるのを感じる。役職に就いたことで慣れが顔を出し始め、新人の頃の勢いが消えかけていた地球の仕事では得られない熱だ。
法定休日も有給休暇も必要ない。労働基準法などクソくらえだ。異世界ならそれが許される。
部屋の中にカチと音が響いた。業務開始の知らせである。
「さっそく来たね。それじゃ今日も仕事と行こうか」
自分の席へ戻り、新調したオフィスチェアに深く腰掛けてメニューを呼び出す。
僕のコンサルタント業務はまだまだ始まったばかりだ。
切りの良いところまで投稿できたのでまた書き溜め期間に入ります。
ここまで呼んでくださった皆さま、ブクマ、評価などなど本当にありがとうございました!




